【醸し人】#7 和饗酒造 杜氏・森川貴之さん

機械頼らず自然の味求め

「唯一無二の酒蔵」。コアなファンからそう称される蔵元がある。140年前に塩尻宿陣屋跡に創業し、今年から商号を変更した「和饗(わきょう)酒造」(塩尻市塩尻町)だ。杜氏(とうじ)の森川貴之(たかゆき)さん(47)は、できるだけ手作業で、この地の気候や蔵にすみ着く微生物による自然を生かした酒造りを貫いている。
実家は酒の小売店だった。別業界で働いていた20代前半、酒造りの世界に飛び込み魅了された。以降、県内の酒蔵で約10年間杜氏を務めた後、地元でもある同市内での酒造りを希望し、2014年に今の蔵元に移った。
気候変動が深刻化する昨今、麹(こうじ)室内の温度や湿度を調節する空調など、電力や機械を多用する酒造りに疑問を感じていた。移籍後はあえて自然の温度帯で原料を発酵。環境に優しく、その土地の米や水、気候風土を利用し、醸してこその「地酒」。この哲学や熱意を反映させた造りで、小さな酒蔵に新たな個性と歴史を刻んで10年目になる。
「安定した酒造りというより、ここの気候が生み出す不安定な、ここでしかできない味を目指したい」。機械による繊細な温度管理をしない分、雑な味に仕上がるかもしれない。しかし、それが自然が生んだ味。「去年の味と違っていい」
今は、一定基準の味を目指す賞レースからは退いた。「ここで自然に酒が出来上がる環境づくりを手伝う感覚です」。このぶれない信念で醸したノスタルジックな味こそが、この蔵の“味わい”だ。
酒には味を構成する「酒の五味」がある。「うちの蔵は、そこに『野性味』と『人間味』をプラスしたオンリーワンの酒」とこだわり、「地元にこういう考えの酒蔵があることを、ちょっと誇りに思ってもらえたらうれしい」

【沿革】
わきょうしゅぞう
 1883(明治16)年創業。今年から現商号に変更。有機性廃棄物が原料の有機肥料の生産販売、農作物の栽培販売の資源循環型農業事業を展開する「和饗エコファーム」(東京)のグループ会社に。代表銘柄は濃醇(じゅん)でうま味の強い「和饗」。有機肥料で育てた酒米使用の「吉村」も。

【森川さんおすすめこの1本】
和饗 純米吟醸(720ミリリットル2090円、1・8リットル4290円)

【相性のいい料理】
漬物全般

【連絡先】
和饗酒造TEL0263・52・0302