「ビデオ人生」筑北の柳沢さん

映像DVD化関係者らに届け

筑北村坂北の柳沢忠さん(81)は、消えゆく故郷の風景や文化、習俗などを後世に残そうと、映像で記録し続けて40年余になる。
スマートフォンで手軽に動画撮影ができる時代になり、重いビデオカメラを担いで撮影してきた柳沢さんの「ビデオ人生」は転機を迎えた。最近の活動の主軸は、かつて撮影した映像をDVD化し、協力してもらった関係者らに届けることだ。
「記録は残るが記憶は消える。消えて惜しまれる歴史の尊さ」を強調し、「ビデオは俺の生きがい」と語る柳沢さん。昭和から平成の「動く記録」を残し、喜びを届けるビデオ人生の、第2章を歩み始めている。

地元への愛着精力的に撮影

戦時中に群馬県で生まれた柳沢忠さんは3歳の頃、疎開で父の実家がある坂北村(現筑北村坂北)に移って暮らし始めた。坂北への愛着は強く、多くの若者が外へ出る中で地元に残り、郷土の風景や行事などを写真や8ミリカメラで記録。岩殿寺で1974(昭和49)年まで行われた奉納草競馬の様子も8ミリカメラで撮影していた。
81年ごろのこと。知人から家庭用のビデオカメラを紹介された。カラーで音も出て、臨場感あふれる映像が撮れるとあって、すかさず購入。村の風景や行事に加え、鍛冶やしょうゆ搾り、わらじやかんぴょう作りなど、昔から続くものを今に伝える人々の姿にもスポットを当てて撮影し、テレビ局へ投稿を始めた。NHKの通信員を今春まで務めるなど、さまざまなアングルの映像で地元の話題を広く紹介してきた。
自分の村がテレビで紹介されると喜ぶ人の声や、ビデオでつがなった縁が広がるにつれてやりがいが増し、より高レベルの機材をそろえ、技術も磨いた。

苦しい時期も生きがい求め

かつて営んだ養鶏業が、オイルショックによる飼料高騰の影響で負債を抱えた苦しい時期もあった。しかし、「生きがいや喜びを諦めたら自分は駄目になる」と、ビデオ撮影は継続。後に会社勤めをするが、撮影の時間の融通が利きやすい土木作業員へ転職。近隣自治体などからの撮影依頼も増え、カメラマンとして精力的に活動してきた。
「撮ろうと思う題材は、自分が心を動かされるもの」。印象的な撮影テーマは、90年から追いかけた旧八坂村(現大町市八坂)の山村留学の子どもたちだ。下校途中に道草し、自然の中で遊びに興じる無邪気な子どもの姿をファインダー越しに見ると、自らの幼少期が重なる。昔の思いをよみがえらせながら四季を通じての撮影を楽しんだ。
保護者の前で年間の映像を上映すると大層喜ばれ、その後は成長記録として毎月の様子を撮影し送ってほしいとの依頼にも応じ、足しげく八坂へ通った。「喜んでもらえることは、自分を犠牲にしてもやるのが俺の性格」。山村留学の撮影は、15年ほど続いた。

9月下旬、柳沢さんは大町市の八坂公民館を訪ね、29年前に撮影した映像のDVDを寄贈した。山村留学の撮影などが縁で、八坂中学校(当時)生徒も参加した地区内の土林遺跡の発掘調査を映したものだ。
多数の出土品や遺構、作業に携わった住民の会話なども収録し、専門家の解説付きでまとめた。勝野健一公民館長は「とても貴重な記録で、いい教材。映っている住民は他界した方も多いが、高齢者学級、八坂小中学校などで活用したい」と感謝した。
近年では、生坂村の新成人へ出生年の地元イベントの映像DVDを記念に送ったり、筑北村坂北の青柳で開かれる奇祭「狐(きつね)の嫁入り」の様子を納めたDVDを県内70の公立図書館に寄贈したり。手元にある映像の「宝」の活用を願う取り組みに注力する。柳沢さんは「活動を理解してくれた家族には感謝。これからは、古い映像を多くの人に届けて喜んでもらえる人生を」と穏やかにほほ笑んだ。