【ビジネスの明日】#62 国興社長 田中一興さん

想いをつむぐ」家づくり

住む人が居心地いい家。とにかくそういう家を建てたい」。そう語るのは建設業・国興(松本市寿南)の田中一興社長(48)だ。製材所として創業し、今年90年を迎えた老舗の4代目だ。現在は住宅の設計・施工を主力にしている。代を継いでから「いい家」の追求に情熱を注ぎ、ようやく「理解されてきた」と、表情を輝かせる。
ここ数年、売上も利益もわずかずつであるが伸びている。うちの家づくりが評価されてきたのでは」
社の商品は、田中さんの東京芸術大の先輩で、同じ建築家として影響を受けた伊礼智さん(64、東京都)の提案住宅と、その流れをくむ同社オリジナルの高性能注文住宅。両方に共通するのは、自然素材をふんだんに使うこと以上に、「性能の先の心地よさ」を追求している点だ。
家は、その家が建つ『敷地の力』を読んで設計することが大事」とし、「欧州などのように、長く住み続けられる家は、品質もあるが、風景になじんでいる」と力説する。

京芸大大学院を修了し、26歳の時に同社入社。当時社長だった父・國興さんは、外張り断熱など高性能、ゼロエネルギー住宅を推進した。國興さんがその3年後の2005年に他界し、田中さんが社長就任。「一家の主」となり、改めて「いい家」の追求が始まった。
8年、家の資産価値を高めることをテーマにした国の「長期優良住宅先導モデル事業」に採択。全国約600件の応募の中の約20件に選ばれたことで、「いい家」の一つの答えになった。
かし、追求は終わらなかった。その中で伊礼さんの建築と出合い、「本当に居心地のいい家はこうだ」と強く思った。15年、伊礼さんが設計したモデルハウス「つむぐいえ」を建設したが、坪単価が大手ハウスメーカーの商品より高いこともあり、「全く売れなかった」。会社経営も危機に陥り、身売り話が寸前に迫った。
80年以上の歴史がある会社を簡単に手放していいのか。もう一度、自分たちでやり直そう」。妻で専務の真理子さん(42)が必死で言った。
営再建が始まった。コスト削減などは当たり前。今、存続できる最大の理由は、その時、仕事を選択し、田中さんの思い入れが強い「つむぐいえ」の販売だけに集中したからだ。
妻の一言がなかったら今はない。今後、さらに設計力を高め、施主さんの『想(おも)い』を『形』にしたい」

たなか・いっこう  1976年、松本市出身。松本深志高、武蔵工業大(現東京都市大)を卒業後、東京芸大大学院修了。2002年、国興入社。05年、社長就任。