[創商見聞] No.97 「丘の上の美容室 Anto」 (内川 恵美)

多くの「あんとね」を言える場に

【うちかわ・えみ】43歳、松川村出身。松本理容美容専門学校卒。松川村のヘアサロンでヘアデザイナーを務め、2023年3月創業。

丘の上の美容室 Anto

大町市社4796-4 ☎050-8887-2716

―先行した将来像
 美容師になったきっかけは、中学の時読んだ一冊の漫画でした。実はタイトルも主人公の名前も忘れてしまったのですが、そのシーンというか、絵はすごくはっきり覚えています。主人公は顔や体にコンプレックスを持っている少女で、ある日美容師の「技」ですごくかわいく変身するストーリーでした。
 人は髪形を変えたりメークしたりすることで、自信を持つことができることに衝撃を受け、かわいく変身した主人公よりも、その子を変身させた美容師に憧れを持ちました。
 当時の自分も顔や体に思春期特有のコンプレックスがありました。美容師になればコンプレックスを振り払うことができるかもしれない。
 美容師になりたい気持ちが強くなり、高校に行かず専門学校に行きたいと感じ、早速親や先生に相談しましたが―。
 結果「全否定」。粘りに粘ったのですが、最後は親戚陣も集結、親しい伯母から「高校だけは行くように」と説得される騒ぎになり、結局高校に通いました。
 高校時代は、卒業まで待ち遠しい日々でした。3年の間に悩んだこともありました。美容師は華やかな仕事だし、本当になれるのかなって。でもある時、友達から「エミの漢字は恵むに美しいでしょう、ピッタリじゃん」って言われ、熱意を取り戻しました。
 卒業し、松本理容美容専門学校(松本市)に進み、免許を取得、松川村にあるヘアステーションというサロンでお世話になりました。
 理美容学校時代に、着付けの資格も取得しました。ヘアスタッフとして働いていましたが、やっぱり着付けは進行形でやり続けていないと忘れちゃうかもと感じました。オーナーと相談し了承を得て、理美容学校の着付け講師のアシスタントも並行してやりました。その時の経験が、今も役立っています。現在創業したサロンでも着付けを受けられます。
 最近のお母さん世代は、親から引き継いだクラシカルな着物を、新しい小物や髪形、メークと組み合わせ、現代版にすることがうまいと感じます。着る機会は少ないと思うので、チャンスがあればぜひ着物を着る楽しさを味わってほしいです。
―美容師としての熱量
 松川のサロンを含め2店舗お世話になりましたが、27歳で結婚したのを機に、美容師を辞めました。夫は転勤を伴う仕事をしており、長野市や飯田市で生活。2人の子どもにも恵まれました。正直、復職の意識は薄いというより、転勤先での復職は難しいと思ってました。
 ただ、2018年の転勤で地元に戻ることになり、なんとなく復職できたらと考えるようになりました。そんな頃、以前勤めていたヘアステーションのオーナーから「帰ってこないの」と電話がありました。そこから段階的に復職していったのですが、明らかにオーナーに「仕事の意欲」を引き出してもらいました。
 復職は経済面でプラスになりましたが、母親としてもっと子どもに関わりたい気持ちもありました。「自分は働きたいのだろうか?」と迷った時期もあります。
 葛藤が続きましたが、サロンの先輩が結婚・出産で辞めることが決まり、私が顧客を引き継ぐことになりました。
 オーナーが顧客を任せてくれたことは何よりも大きくて、引き継いだ約4年の間にだんだん自分の心の中で「美容師としての熱量」が大きくなっていくのが分かりました。
 また、自宅を新築する計画が出てきたタイミングでもあり、創業を考えるようになりました。オーナーも快く応援してくれました。


―オープンで終わらないよう
 22年から創業準備を始めました。松本でサロンをオープンした仲間から、商工会議所に行くと良い情報をもらえると教えてもらい、そろそろ行こうかと考えていました。
 偶然にも高校時代の友人が大町商工会議所の臨時職員に採用されていたので、創業相談窓口や担当者を紹介してもらい、順調に計画を進められました。
 自宅サロンではよくあることらしいのですが、「オープンが着地点」、つまり開業がゴールと考えてしまうケースが多いと聞きました。
 商工会議所の担当者から創業後の中・長期の事業計画が無理なく立ててあって良いと言われ、うれしかったし、さらにコーディネートを受けブラッシュアップできて良かったです。
―先輩たちからの格言  
 オープンは23年3月になりました。
 「お客さまは来たい時に来たい。これに応えることが大事」。先輩方から教えてもらった言葉です。創業し改めて、この言葉の重みを実感しています。
 サポートスタッフがいないので、受け付けできない時間帯があり、お断りする場合もあります。それでもお客さまから、重なってもいいから行かせてほしいと言ってもらえることがあります。ありがたく、重なるお客さまと双方調整させてもらいます。要望時間そのままが難しくても、なるべく要望に沿って対応する。本当に大事なことと再認識しています。
 一方で、もう少し家族との時間を増やしたいと思ってもいます。すごく上手に家族と仕事を両立させている先輩がいるので、見習って自分自身の働き方改革を進め、仕事も家庭も輝けるようになりたいです。
 創業し1年半近くになります。商工会議所にコーディネートしてもらった事業計画や大事な格言のおかげで、売り上げは当初の目標を上回りました。店の名前「Anto」は「あんとね」=「ありがとうね」の意味から取っています。
 子どもをあやす時などに使う親しみある言葉ですが、同じように感謝を込め、長く親しまれる店になるように、お客さま一人一人、丁寧に向き合っていきたいです。      (聞き書き・田中信太郎)