【信大講座新聞をつくろう2024】教育内容の特徴は?地域との関係性は?学芸員・遠藤正教さんに聞く旧開智学校

MGプレスが信州大全学教育センター(松本市旭)で開く寄付講座「新聞をつくろう!」。本年度受講した1年生20人が2~4人のグループで、それぞれ関心を持った七つのテーマを取材した。

松本市の旧開智学校は歴史の教科書にも取り上げられ、全国的にも有名だ。しかし、そこで一体どのような教育が行われていて、どんな特色があったのかは、案外知られていないのではないだろうか。信州大学に入学し、「学都」松本に来たからには、同校がその象徴の一つといわれるゆえんを知らないのは惜しい。そこで私たちは、学校の教育内容やと地域との関係に興味を持ち、旧開智学校校舎の学芸員・遠藤正教さん(40)に取材した。

「生徒のためにやれることを」開智学校の特徴
英語教育と学習機会拡充に力

はじめに開智学校の教育の特徴は何かと尋ねた。
遠藤さんは、代表的なものの一つとして「英学課」が設置されたことを挙げた。当時の筑摩県内ではただ1校だった。他にも、早期からの成績不良学級やさまざまな理由で学校に通えない子どもへの教育環境整備、図書館、博物館の整備などを挙げた。
このような特色が生まれた背景には、法律で定められたことだけではなく、文明開化で外国の知識を取り入れようとする機運の高まりとともに「生徒のために、やれることをやろうという気持ちを持つ先生が多かった」と、遠藤さんは指摘する。
1873(明治6)年5月6日、松本本町の女鳥羽川のほとりに廃寺を仮の校舎として開智学校は開校した。当時の開智学校の教師は主に地元の寺子屋の先生だった。松本では寺子屋が多く、教師が不足することはなかった。しかし、明治政府による「学制」の制定(72年)によって教え方が大幅に変わったことが、新しい教育をスタートさせる上での課題になった。
一人一人が学びたいことを学び、先生に教えを乞う形式の寺子屋に対して、教師が同時に数十人に同じ内容を学ばせる現代と同様の学習スタイルは、かつて存在しなかった。そのような状況下で作られたのが教師に向けた教則本(資料写真)。この中で、教師が読み上げた内容を生徒に復唱させる教え方が紹介されている。
筑摩県の就学率は74年が66・0%(全国32・3%)、75年が71・6%(同35・4%)で全国一になった。開智学校の就学率は73年に男子児童で7割を超え、女子児童でも5割に迫る就学率を誇っていた()。85(明治18)年ころには、全体の就学率が7割になり、大半の子どもが学校に通うようになった。
それに伴い注目されたのが、芸妓の修業や子守など親の都合で学校に学校に通うことができない子どもだった。遠藤さんは「そういった子どもたちのために、裏町特別学級や子守教育所などという教育体制が生まれたんです」と話す。
これら二つの特別学級は昼間に行われ、時間を短縮したり内容を減らしたりといった対応がなされた。子どもたちの生活に西洋的な教育が取り入れられようとした時代に、教育にどれだけの希望とそれに伴う苦労があったのか、計り知れない。

擬洋風建築の巨額な工事費7割は地域で
負担大きく溝も万博機に改善

さらに尋ねたのは地域との関係だ。
遠藤さんによると、開智学校の運営は地域が大きく後押しした。開校から3年後の76年に完成した校舎の工事費は1万1000円余り。現在の価値に換算すると3億円から4億円と巨額だ。その7割を地域の人々が負担し、地域ぐるみで学校の運営に協力的だった。
ところが、「広大華麗・地方無比」をうたう開智学校の擬洋風建築を完成させるためには借金もやむを得ず、それには次第に住民も不満を持つようになる。負担の地域ごとの分担でもめ「学区の一つである南深志地域では、開智学校から独立して新たに学校を作ろうという動きもあった」という。
そんな地域との関係性に転機が訪れたのは84年のこと。アメリカのニューオーリンズで開かれた万国工業博覧会に、校舎の写真が出品された。そこで「日本を代表する学校」として高い評価を受ける。92年には、シカゴの万国博覧会にも写真が出展された。
「世界レベルで身近な学校が評価されたことで、地域の期待も回復したんです」と遠藤さん。地域住民の旧開智学校に対する誇りはさらに増し、関係は改善した。
97年には運動会も開始。松本城内の広場で開催され、地域も巻き込んでの大盛り上がりだったようだ。
現在の開智小学校は、旧開智学校の校章を受け継いでいる。旧開智時代からの地域との深いつながりも、今日に至るまで継承されていることだろう。

【旧開智学校校舎】2019年、近代の学校建築としては初めて国宝に指定された。和風や洋風などさまざまな要素が混じり合った擬洋風建築が、日本が文明開化に沸いていた時代に、どのように西洋の建築を取り入れていったのかをよく示していると評価された。現在は耐震工事中で、8月末まで校舎全体に足場がかかっている。11月以降に開館予定だが、開館日は未定。

取材を終えて

河北葉月(人文学部) 記事を作る中で、今まで目を向けてこなかった旧開智学校と地域の関わりに触れ、松本の人々の地元愛を感じることができた。現在の開智小学校も含め、地域の人が教育に協力的なのも、松本が「学都」とよばれるゆえんなのだと気づいた。
柳恵美理(工学部) 取材という経験が初めてで、とても緊張した。しかし、遠藤さんの優しい人柄と、話したいという気持ちが伝わり、充実した取材の時間になったと感じている。実際に人に会って、話を聞く面白さに気付くことができた。これからも生の声を大切にしていきたい。