MGプレスが信州大全学教育センター(松本市旭)で開く寄付講座「新聞をつくろう!」。本年度受講した1年生20人が2~4人のグループで、それぞれ関心を持った七つのテーマを取材した。
松本市の街中や、松本城などにあふれる外国人観光客。新幹線が通っておらず、東京や大阪など海外との玄関口からもアクセスに時間がかかる松本が、多くのインバウンド(訪日客)を引き付ける理由は何なのか?また、その経済的な効果は?私たちは外国人に直接インタビューするとともに、飲食店や行政の対応、専門家の見方などを取材した。
【行政】他地域と協力日本文化PR 日帰り客やオーバーツーリズムなど課題
増える外国人観光客に、行政はどのように対応しているのか。現状や課題、取り組みなどを市観光プロモーション課に聞いた。
同市を訪れるインバウンドの数の指標となる外国人の宿泊者数は、新型コロナウイルス感染症の規制緩和により増加傾向にある。2023年度はコロナ前の19年度を上回り、過去最高に達した。国籍の内訳はタイが最も多く、次いで台湾、オーストラリアの順。アジアからの観光客が多くを占める。
市は、欧米からいっそう多くの観光客を取り込む戦略を打ち出しつつある。日本の歴史や文化を好む欧米人は、宿泊日数が多い傾向があり、観光客が日本の文化に触れてもらえるよう、県内外の他地域と協力してプロモーションしている。
加えて宿泊者数は増加しているが、日帰り客も多いといい、日中に市内で観光し、宿泊は他の観光地で─という外国人客の取り込みも課題に。市は松本商工会議所などと連携し、冬の松本城でのプロジェクションマッピングやナイトツアーなど、閑散期や夜も楽しめる取り組みをし、より経済効果が大きい宿泊につなげようとしている。
同課は「他にも業種による経済効果の偏りやオーバーツーリズム(観光公害)、バス路線の整備など受け入れ態勢に課題が多い」(市江瑠衣主任)とし、さらなる対応に力を入れている。
【飲食店】英語メニューや食材に配慮 そば店「こばやし」 食べ方説明観光の相談も
インバウンドは日本食への関心が高い。同市の老舗そば店「こばやし」本店(大手3)では、来店客のうち外国人が全体のおよそ3割を占める。
同店はコロナ禍以降に夜の営業をとりやめ、現在は昼(午前11時~そばがなくなるまで=おおむね午後4時ごろ)だけ店を開いている。売り上げはコロナ禍や営業時間の短縮で減少したが、インバウンド効果もあり、現在はコロナ前の7~8割まで戻ったという。
来店するインバウンドは欧米やアジアを問わないが、近隣諸国では韓国人は少なく、最近になり個人旅行の中国人が来店し始めた。世界中でサービスを展開する大手旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」(米国)を見て来る人もいる。
店は英語のメニューを用意するほか、健康志向の欧米人に人気の、小麦粉を使わない「グルテンフリー」に対応したそばや、外国人に多いベジタリアン(菜食主義者)やビーガン(完全菜食主義者)への食材の配慮もしている。加えて接客する従業員がそばの食べ方を英語で説明したり、観光の相談に乗ったりしている。
藤村泰明社長(63)は、こうした対応がインバウンドを引き付けているとし、「(外国人の)多様な考え方に対する知識を広げ、それぞれに対応するのがよい。行政はさらに積極的に外国人観光客の受け入れに取り組んでほしい」と話す。
【松本大・益山教授に聞く】2割をリピーターに 混雑は分散へ誘導を
インバウンドが増える同市の観光業の現状や課題を、宿泊・リゾート産業のホスピタリティーやサービスマーケティングが専門の、松本大総合経営学部観光ホスピタリティ学科の益山代利子教授(63)に聞いた。
─観光客増の効果や期待、懸念は。
松本を訪れた旅行者自身が、その魅力を国内外に発信してくれるようになり、多様な価値を伝えることができるようになった。一方で市内観光地の混雑や、一部で宿泊料金の高騰も見受けられる。
─観光客を増やすためにできることは。
「パレートの法則」という、2割の優良顧客が全体の8割の収益に貢献するという考え方がある。外国人を含め、2割の観光客をリピートさせることが、松本の観光収益に貢献する。民間の力で顧客満足度を向上させることが求められる。
─改善すべき点は。
観光地の混雑の緩和策として、季節や時間を分散させる「づらし旅」への誘導などが有効。繁忙期を外した観光PR、早朝や夜間の観光コンテンツの拡大も期待される。
─姫路城(兵庫県)が外国人観光客に限った入場料の値上げを検討している。松本城でも行うべきか。
それより需要に応じて価格を変えるダイナミックプライシングを導入し、観光客は内外を問わず時間帯や曜日により料金を変えては。市民や学生は通年無料に。市立博物館と連携し、先に歴史を学んでから松本城を訪れると、予約が取りやすくなるといった手法も有効だ。
【松本城でインバウンドに尋ねました】
(質問項目)
①国籍・居住地
②個人旅行かツアー旅行か
③松本は何度目?
④なぜ松本へ?
⑤今回の旅程
アンナさん(29)
①イタリア・ナポリ
②夫婦での個人旅行
③初めて
④トリップアドバイザーを見て
⑤市美術館と松本城を巡って松本で1泊し、その後は京都へ
メルヴァさん(73)
①オーストラリア・ビクトリア州
②友人とのツアー旅行
③初めて
④草間彌生さんの作品を見に
⑤日本での3週間のうち市美術館で鑑賞するなど松本で3泊し、東京へ
スティーブンスさん(25)
①オーストラリア・ケアンズ
②夫婦での個人旅行
③初めて
④富士山から上高地へ向かう途中に
⑤市街地はほかに時計博物館を訪れた。これから上高地へ
インタビューから見えたのは、外国人は松本市内で同じ場所を巡っていても、芸術鑑賞や自然との触れ合いなど、その主な目的は異なるということ。「松本は日本のほぼ中心に位置するため、目的地間を移動する際に立ち寄れる最適なスポット」という声もあった。
松本は日本国内を巡る外国人にとって、意外に足を運びやすい場所であると同時に、その魅力が多面的で、一度に多くの体験ができる場所でもあるようだ。そういった視点でリピーターを増やせば、インバウンドのいっそうの増加につながりそうだ。
取材を終えて
大日向理紗(教育学部) 今回の新聞づくりを通して、松本市が持つ歴史や文化は、国内だけでなく海外からも注目されているということを、改めて確認できた。私は長野市出身でもあり、長野と松本の観光面でのアプローチの相違を実感し、自分の視野が広がった。
山本葉澄(経法学部) 自分たちで取材して記事を書くことで、新聞記事がどのような手順で作られているか分かった。今回はインバウンドについて、外国人へのインタビューや行政、飲食店、専門家とさまざまな視点で取材し、新聞を作る際は広い視野が大切だと思った。
齋藤優輝(人文学部) 取材を通し、松本市の観光の現状や取り組みを知ることができた。専門家に松本の観光業に対する見解を聞くこともでき、とても勉強になった。聞いたことを限られた文字数で表すのは非常に難しかったが、貴重な体験になった。
杉浦希龍(人文学部) 外国人にインタビューする時は緊張したが、逆に激励の言葉をかけてもらうなど、親切に対応してもらった。彼らは松本に対して好印象を持っており、うれしく感じた。これからも松本に来る観光客には、ぜひ満足してもらいたい。