半世紀続く木曽音楽祭 住民らが支える舞台裏、演奏家の思い

永井正宏さん

「第50回木曽音楽祭」(実行委員会主催)の本公演が8月23~25日、木曽町日義の木曽文化公園文化ホールで開かれた。総勢28人の演奏家が出演し3公演9曲を披露、延べ1565人が聴き入った。住民による手作りで始まり、「小さな町の素敵(すてき)な音楽祭」として続き半世紀。演奏家たちは1週間、町に滞在して音色を磨き、住民もさまざまな形で支援した。。

発足年から事務局に携わる永井正宏さん
「街の誇り」若い層にも

同音楽祭実行委員会副会長の永井正宏さん(92、同町福島)は、発足の年から音楽祭の運営に携わる。変遷を経ながら定着した音楽祭を「街の誇り」とし、「過疎の町に何か寄与できればと関わってきた。これは関係者、皆が抱いている思い」と話す。
同音楽祭の発祥は1975(昭和50)年。世界的なビオラ奏者だったウィリアム・プリムローズさん(故人)を、木曽福島町(当時)に住む弦楽器制作者が招き夏に滞在しレッスンをした後、最終日に開いた音楽会が始まりだ。
地元のクラシック愛好者らで「木曽フィルハーモニック協会」をつくり、第5回から「木曽福島国際音楽祭」と銘打ち開催。外国の演奏家を招いてオーケストラ公演なども開いたが、資金難で窮地に陥る。第11回から町の支援を受け「木曽音楽祭」とし、室内楽専門に。会場は当初、福島小学校などを使い、90年に木曽文化公園文化ホールが開館し定着した。
演奏家が“知られざる名曲”などあまり演奏されない曲を選ぶのも、音楽祭の特徴だ。入場者が減るのではと不安視された時もあったが、来場者の「東京や名古屋では聴けないので木曽に来る」という声に音楽祭の方針が認められたと実感したという。アンケートを参考に開演時間を早める回も設けるなど工夫してきた。
第30回の2005年には東京公演を実現。15年には音楽文化の発展を支えてきた団体などに贈る日本音楽著作権協会(JASRAC)の第2回音楽文化賞を受賞、国や県からも表彰された。
永井さん自身も、クラシック愛好家だ。同音楽祭では第6回のチェロ奏者・ピエール・フルニエさん(故人)によるシューベルトの「アルぺジョーネ・ソナタ」や、第20回最終日に特別編成した木曽音楽祭祝祭オーケストラによるモーツアルト「ピアノ協奏曲」などが、特に感動的だったという。
「町の支援者も演奏家も、積極的に気持ちよく取り組んでくれたから、50回続いた」と永井さん。今後に向け「若い層のファンを増やすのが大切。皆の意見を聴きながら、今より少しでも良い方向に向かっていけたら」と話す。


演奏家の食事づくりボランティア
母の味で健康を守る

地元のボランティアが演奏家の食事を作るのも、同音楽祭の伝統だ。地元産の野菜をたっぷり取り入れた“お母さんの家庭料理”が、演奏家の健康維持に一役買っている。
今年は18~24日、地元の主婦などが1日10人ほど、町文化交流センター調理室に集まった。演奏家とスタッフ合わせて約60人分。今年は50周年で参加者が多く、例年より多めに用意した。
19日は揚げナスの明太子おろしソースやズッキーニとタコのマリネなど6品を作った。初参加した岡谷市の公務員、入倉友紀さん(50)は毎年音楽祭を聴くほか演奏家に指導を受けた縁もあるといい、「音楽祭にこういう形で関われるのがうれしい」。地元で交流しながら盛り上げる姿に感銘を受けたという。
完成した料理はバイキング形式で並べる。ベテランの林くに子さん(71、同町福島)は「演奏家が“おいしかった”と言ってくれるのがやりがい」と汗を拭った。


「楽屋裏スタッフ」多田芽瑠さん
過程知る貴重な機会

練習から本番まで、木曽文化公園文化ホールで演奏家たちの活動を支えるのが、楽屋裏スタッフだ。会社員の多田芽瑠さん(千葉市)は20年前から毎年、活動に参加。演奏家たちのお茶の準備や後片付け、公演で配るパンフレットに入れるチラシの準備など、さまざまな役割を担う。
中学時代からホルンを吹き、大学で音楽を専攻した多田さん。大学1年生の時、講師が同音楽祭に出演し聴きに来たのがきっかけで、ボランティアを始めた。
「音楽をつくりあげていく過程を知ることができる貴重な機会」という。現在も勤務先の吹奏楽団に所属。ここで見聞きする演奏家の姿が勉強と刺激になっているという。
毎年、1週間の休暇を取って木曽入りする。「“お帰り”と迎えてもらい、里帰りをしている気持ち」と笑顔。今年は新たに地元の高校生2人がボランティアに加わった。「フレッシュな子が来てくれてうれしい。地元の人にもっと参加してもらい、盛り上げてほしい」と期待している。


ホームステイが縁で家族ぐるみの交流
自宅でコンサートも

演奏家は期間中、町内の家庭や宿泊施設、事業所の別荘などに分散して滞在。長瀬新五さん(75)、隆子さん(73)宅は24年前からホームステイを受け入れている。ピアニストの寺嶋陸也さん(神奈川県大和市)とは、滞在をきっかけに家族ぐるみでコンサートを開くなど交流が続いている。
ホームステイは隆子さんが音楽祭のボランティアをしていたことや、家にピアノがあった縁で始まった。
寺嶋さんは30年前から音楽祭に出演し、18年前から長瀬さん宅に滞在するようになった。「自由にピアノの練習ができるしリラックスできてありがたい」。妻の道子さんと長女の朝子さん(15)も「ここがわたしたちの“田舎”。毎年、来られるのが喜びです」
滞在中、長瀬さんの孫、宇都宮心さん(18、大阪府)と朝子さんが幼い頃から一緒にピアノを弾いていたのがきっかけで、2012年5月から自宅でコンサートが始まった。
道子さんもバイオリンを弾き、長瀬さんの長男・誠さん(49、大町市)と長女・宇都宮愛和さん(47)もピアノやフルートで出演。旧中山道の面影が残る上の段地区で響く音色に誘われ、住民や観光客が聴き入るコンサートになっている。
「ホームステイをきっかけに、貴重なご縁に恵まれありがたい限り」と隆子さんはほほ笑む。


参加14年目のバイオリニスト・水谷晃さん
木曽のスタイル大切に

バイオリニストの水谷晃さん(東京都)は、2011年から参加し14年目。「木曽音楽祭は、自分が1年間頑張ってきた音楽活動の、一つの物差しとなる場所。ここでいろいろなことを得て持ち帰り、1年後、また成長して戻って来られたか確認する」という。
50回目の今年は例年より多くの作品を演奏。滞在中、朝から晩まで練習を重ねた。「(共演者と)スタッカート一つにもこだわり、そこからイメージを膨らませて音楽にしていく。そのプロセスに立ち会えるのは演奏家の一人として幸せな時間」と充実感をにじませる。
節目公演で、例年より多い人数による室内楽オーケストラの演奏も。「室内楽を深めてきた音楽祭の延長にあるオケは、通常の大編成とは違う魅力があった」
半世紀続く音楽祭に「演奏家たちが最高の音楽を追究し弾きつないできた歴史もあるが、町の皆さんがさまざまな形で協力してくれたおかげ」。感謝を胸に演奏したという。
木曽は中山道の宿場町で、歴史を感じる大好きな場所だ。夏の深い緑と鮮やかな青空のコントラストが美しく「その景色を見ながら朝のコーヒーを飲むのが日課。体をリフレッシュした状態で一日を始められ、その恩恵が音色にも表れていると思います」と笑顔。
今後も、他では演奏しない名曲にスポットを当てる木曽のスタイルを大切にしたいという。また、「子どもたちや地域の人に聴いてもらってクラシックを身近にしたい。毎年演奏家が集まることを楽しみに、みんなが1年間を過ごせるような関係性を深めていけたら」と期待する。


町内5小中学校で出張演奏会
美しい旋律の響きに感激

地域の子どもたちにクラシック音楽に親しんでもらおうと、音楽祭実行委員会が企画する出張演奏会が23日、町内5小中学校で開かれた。弦楽四重奏とアルプホルンの演奏が披露された。
三岳小学校にはバイオリンの小西健太郎さんら弦楽器奏者4人が訪れ、ハイドンの弦楽四重奏曲「ひばり」など3曲を演奏。小西さんは楽器の紹介で「自由に伸び伸び歌うのがファーストバイオリン、チェロは担任の先生のように演奏をまとめています」などと表現。伸びやかで美しい旋律が会場に響き、児童らは大きな拍手を送った。
蒔田翔琉さん(12、6年)は「とても滑らかできれいな音に弾けていて、すごい」、鎌田奏歩さん(11、同)は「一流の演奏家が学校に来てくれてうれしい。知らない曲を聴けていい体験になった」と話した。