国や人つなぐ「そばマジック」
そば打ちとスペイン語。二つの特技を生かし、スペインでの日本のそば文化普及をライフワークにする人がいる。松本市浅間温泉のホテル玉之湯会長・山﨑良弘さん(69)だ。2007年から渡西を続け、そばの味を広めそば打ちを教えるなど、労を惜しまず技と心を伝授する。
山﨑さんの地道な活動が思わぬ形で広がりを見せている。自身が発案し作詞を手がけた「信州そば切り音頭」が今春、スペイン北東部の小さな町で開かれた「日本祭り」で踊られた。そこから、元の踊りをアレンジした介護予防体操が広まる大町市の住民らとの、交流に発展した。
歌詞の一節に「ここは信州人もつながるそばの里」とある。そばが結ぶ縁は国を超え、人々の心もつないでいる。
大町とスペイン 一緒に踊ろう!
「みんなで楽しく踊りましょう!」。4月27日の午後10時過ぎ、大町市常盤の市ふれあいプラザに、「信州そば切り音頭」に合わせ介護予防体操をしている住民たちが集まった。7時間の時差があるスペインの「日本祭り」会場とインターネットでつながり、共に踊った。
「信州そば切り音頭」は、「信州そば切りの店」認定制度を運営する県内の団体が、十数年前に作った軽快な曲で、踊りにそば打ちの動作を取り入れた。数年前、同市南部地域包括支援センターが介護予防体操にアレンジ、地域に広めた。
スペインでは、マンガやアニメを筆頭に日本文化が人気という。カタルーニャ州イヴァルス・ドゥルジェイ町(人口約1700人)で開く「日本祭り」の実行委員長ジェニス・カステリョさん(37)は、3回目となる祭りの盛り上げに「盆踊り」を提案。何を踊るのがいいか、過去2回の祭りで、スペイン人のそばブース出店を手伝った山﨑良弘さんに相談した。覚えやすい動きの同音頭大町版を踊ることになり、大町市側も交流を希望した。
スペイン会場では計7回も踊って大盛り上がり。現地にいた山﨑さんは「思いも寄らぬ光景に涙があふれた。全部そばがつなげてくれた」。90歳を超える参加者もいた大町会場も「楽しく踊れた」と笑顔であふれた。
7月25日には、ジェニスさん家族や同州政府駐日代表らが大町市を訪れ、センター職員や住民らと交流した。市役所で牛越徹市長らと懇談し「せっかくのご縁。今後もざっくばらんな交流ができたら」と語り合った。
定着目指してそば打ち伝授
大学でスペイン語を専攻した山﨑さん。浅間温泉の活性化につなげようと、そば打ちを50歳手前で始めた。スペインとの関係が深まったのは、友人のギタリストから、カンタブリア州で開く文化交流イベントでそばを出してほしいと誘われてから。仲間と事前に同国を訪れ種をまき、その粉で打ったそばは大評判に。SOBA(ソバ)という村があることも知り、「運命を感じた。これまで培ったものを生かそう」。同国で普及に尽くすと決めた。
その後、同州政府が行った試験栽培は中断した。だが、松本平に栽培や製粉などを学びに訪れた農家や、日本で修業してバルセロナで手打ちそば店を不定期で営業するまでに腕を上げたスペイン人が現れた。彼らの奮闘を支援しつつ、「現地で需要をつくり出すことが私の一番の仕事」と山﨑さん。
普及目的の渡西は8回を数えた。昨年からは「美食の街」といわれるバスク地方サン・セバスチャンの料理学校で、そば打ち教室も実施。料理人や食通の心をつかみ、全土への広がりを狙う。
今夏、ジェニスさんは日本に長期滞在。山﨑さんにそば打ちを教わり、家族らに振る舞いたいと腕を磨いた。「山﨑さんの熱心な姿勢からは心が伝わる。自分もビジネスでなく『心』で祭りを開く。そばは人をつなぐマジックだ」と語った。
「日本のそば文化が定着し、スペインで一人歩きすることがゴール」と話す山﨑さん。本気の行動が人を動かすと信じ、歩みを止めるつもりはない。