手芸講師の秋山啓子さん(76、松本市岡田伊深)のスケジュール帳は、月の半分ほどが教室の予定で埋まっている。中信地方を中心に「県内ならどこにでも」、自ら車を運転して教えに行く。50代で始めた時は話し下手だったが、今はおしゃべりしながら教えることを楽しんでいる。
リメーク服、布の小物、籠に和紙を貼る一閑張りなど、多様な手芸品を扱う。この中でも教える機会が多いのが、秋山さんの手芸の原点でもある布草履だ。わらの代わりに布ひもを使って草履を編み上げる。
わらの草履には小さい頃から親しんでいた。生まれ育った福岡県で、母方の祖父が作っていた。
嫁ぎ先の松本でも、近所に作っている高齢者がいて「教えるからおいで」と、誘ってくれた。自分でできると、うれしくなった。
ただ、現代生活でわら草履は実用性が乏しかった。舗装された道を踏み歩くと、すぐに傷む。屋内では、わらくずが出て厄介だ。
代わりに布を使うようになった。知人から宿泊業で余った浴衣の生地をもらったのがきっかけだ。「これで編んでみよう」と思い付いた。
出来上がると、「かわいい」と言ってくれる人がいた。地元の学校のバザーに出すと、売れた。いろんなものが並ぶ中で選ばれて、またうれしくなった。
教えるようになったのは、3人の子育てが落ち着いた頃。地元の公民館で講座を企画してくれる人がいて、半ば成り行きだった。「人前でしゃべったこともないのに、知らない人に教えられるかしら」と心配だった。
案の定、「最初はつらかった。話をまとめるのに苦労した」。だが、みんなの作品の出来上がりを見ると、やはりうれしさが湧いた。2000年には松本民芸館(同市里山辺)で定期的に教えるようになった。
布草履は衛生的で健康的だという。履いているうちになじみ、適度な凸凹が足の裏を刺激する。屋内では、床を布で拭くのと同じ効果もある。
それに「家の中が片付く」と秋山さん。たんすに死蔵された服やタオル、使わなくなったカーテンやこたつ掛け…。布地は何でも裂いて使う。「切り刻むのは、最初、抵抗があるけどね」。乗り越えると、リサイクルの実感も味わえる。
教室は、参加者みんなとおしゃべりしながら進める。むしろ会話が楽しみで集まるところもあって、コロナ下でも工夫して続けた。「行くだけで楽しいのよ」と秋山さんは屈託のない笑顔を見せた。
問い合わせは教室会場の一つ、絹工房(同市中山)TEL0263・86・6701