【写真スケッチ】涸沢紅葉劇場 二度とない高根の秋 登山者に癒やしや生きる力

モルゲンロートに染まる穂高連峰の前で、ウラジロナナカマドがこれまで見たことがない何色もの彩りで舞った(11日午前5時55分)

冷え込みで池に氷の模様が…

山岳紅葉の鮮やかさが海外にも知られる北アルプス穂高連峰・涸沢カール(標高2300メートル)。紅葉のピークを迎えた10月10日午後から11日午前まで涸沢ヒュッテに滞在し、紅葉と星空が演じる「涸沢自然劇場」の名場面をカメラでスケッチした。高山の秋模様が演じた光と影の世界─。

明け方の冷え込みで涸沢の池の一部に張った氷の不思議な模様(11日午前7時24分)


【紅葉は気象の履歴書】10日午後4時半。涸沢ヒュッテの展望テラスから見る山肌は、ダケカンバの黄葉が際立つ。例年“火焔(かえん)の舞”を演じる主役のウラジロナナカマドが、あまり目立たない。「10月に入っても異常な高温が続き、どんな紅葉になるのか心配する毎日だった」と同ヒュッテの小林剛社長(61)。
紅葉は気温が8度以下になると始まるとされる。特に最低気温が影響し、高いと赤く色づくはずのウラジロナナカマドの葉が、オレンジや黄ばんだ色になってしまう。

強風にあおられ激しく揺れるウラジロナナカマドの紅葉と、静かに広がる満天の星空。北穂高岳山頂から天の川が立ち上る(11日午前2時5分)
前穂高岳北尾根Ⅶ峰下部の断崖の紅葉。トップライトのスポット光を浴びあでやかに舞う(11日午前0時18分)

小林社長は「高温続きの悪影響を大きく受けたが、見頃は例年より長い。落ち着きのある、精いっぱいの光彩を見せてくれた」と木々をたたえた。
記者は半世紀以上、涸沢の紅葉を見てきた。最も鮮やかだったのは、深紅に染まった葉に新雪が積もった2006年。葉が枯れて全く色をつけず、「涸沢の紅葉が泣いた!」と書いたのは、東日本大震災があった11年だった。
気象の影響を強く受けながら、雄大なカールを染め上げる涸沢自然劇場。その光景は訪れた登山者の心を開き、癒やし、魅了し、生きる力を与えてくれる。

下部パノラマコースから見た国内最大のカール(圏谷)の秋。太古の昔に氷河が造り上げた雄大な眺望(11日午前11時4分)

【星空に落石の音静かに】同日午後10時。撮影のチャンスは今晩だけ。外に出ると、上空は雲に覆われている。北東の空低く雲間に一つ、ぎょしゃ座の1等星カペラがきらり。その輝きに全身が星空撮影モードに切り替わり、スイッチが入る。11時5分。防寒対策をして撮影地点へ。気温2・5度。北穂高岳東稜(りょう)の上に北極星が輝く。頭上には天の川とカシオペヤも。幸運にも急に満天の星空に変わった。
11日午前0時33分。レンズに水滴防止のヒーターを巻き撮影開始。インターバルタイマーで切るシャッターの音と風の音が暗闇に響く。突然、前穂高岳の方角から小さな落石の音が…。久しぶりに聞く懐かしい音だ。「星空に落石の音静かに更ける涸沢の夜」。半世紀以上前に記した、登山ノートの走り書きを思い出す。1時45分。前穂高岳北尾根越しに冬の星座オリオン座が昇ってきた。
5時20分。上部パノラマコースのモルゲンロート撮影地点へ急ぐ。同51分、穂高の稜線が赤々と鮮やかに染まった。前景に彩り多彩なウラジロナナカマドの群落を置く構図で狙う。
霧のテント場夜景や狸(たぬき)岩、涸沢の池の初氷…。限られた滞在時間の中、太古に流れた氷河の鼓動が聞こえてきそうなカール(圏谷)に抱かれながら、同じ彩りは二度と見せない高根の秋に、それを記録し続ける写真記者の使命を感じた。
(丸山祥司)