冷え込みで池に氷の模様が…
山岳紅葉の鮮やかさが海外にも知られる北アルプス穂高連峰・涸沢カール(標高2300メートル)。紅葉のピークを迎えた10月10日午後から11日午前まで涸沢ヒュッテに滞在し、紅葉と星空が演じる「涸沢自然劇場」の名場面をカメラでスケッチした。高山の秋模様が演じた光と影の世界─。
【紅葉は気象の履歴書】10日午後4時半。涸沢ヒュッテの展望テラスから見る山肌は、ダケカンバの黄葉が際立つ。例年“火焔(かえん)の舞”を演じる主役のウラジロナナカマドが、あまり目立たない。「10月に入っても異常な高温が続き、どんな紅葉になるのか心配する毎日だった」と同ヒュッテの小林剛社長(61)。
紅葉は気温が8度以下になると始まるとされる。特に最低気温が影響し、高いと赤く色づくはずのウラジロナナカマドの葉が、オレンジや黄ばんだ色になってしまう。
小林社長は「高温続きの悪影響を大きく受けたが、見頃は例年より長い。落ち着きのある、精いっぱいの光彩を見せてくれた」と木々をたたえた。
記者は半世紀以上、涸沢の紅葉を見てきた。最も鮮やかだったのは、深紅に染まった葉に新雪が積もった2006年。葉が枯れて全く色をつけず、「涸沢の紅葉が泣いた!」と書いたのは、東日本大震災があった11年だった。
気象の影響を強く受けながら、雄大なカールを染め上げる涸沢自然劇場。その光景は訪れた登山者の心を開き、癒やし、魅了し、生きる力を与えてくれる。
【星空に落石の音静かに】同日午後10時。撮影のチャンスは今晩だけ。外に出ると、上空は雲に覆われている。北東の空低く雲間に一つ、ぎょしゃ座の1等星カペラがきらり。その輝きに全身が星空撮影モードに切り替わり、スイッチが入る。11時5分。防寒対策をして撮影地点へ。気温2・5度。北穂高岳東稜(りょう)の上に北極星が輝く。頭上には天の川とカシオペヤも。幸運にも急に満天の星空に変わった。
11日午前0時33分。レンズに水滴防止のヒーターを巻き撮影開始。インターバルタイマーで切るシャッターの音と風の音が暗闇に響く。突然、前穂高岳の方角から小さな落石の音が…。久しぶりに聞く懐かしい音だ。「星空に落石の音静かに更ける涸沢の夜」。半世紀以上前に記した、登山ノートの走り書きを思い出す。1時45分。前穂高岳北尾根越しに冬の星座オリオン座が昇ってきた。
5時20分。上部パノラマコースのモルゲンロート撮影地点へ急ぐ。同51分、穂高の稜線が赤々と鮮やかに染まった。前景に彩り多彩なウラジロナナカマドの群落を置く構図で狙う。
霧のテント場夜景や狸(たぬき)岩、涸沢の池の初氷…。限られた滞在時間の中、太古に流れた氷河の鼓動が聞こえてきそうなカール(圏谷)に抱かれながら、同じ彩りは二度と見せない高根の秋に、それを記録し続ける写真記者の使命を感じた。
(丸山祥司)