松本市立博物館が現在の大手3に移転オープンして1年になるのを機に、博物館ゆかりの地を巡るツアーが開かれている。同博物館は、明治時代にルーツとなる施設ができてから何度か移転した。その跡地を訪ねて回り、松本の知の変遷を体感しようというイベントだ。
「節目を記念」市民ガイド企画
秋は同博物館にとって節目が続く。9月21日は、1906(明治39)年に最初の施設ができた日。10月7日は、昨年に現施設が開館した。そして今月9日には、耐震工事を終えた国宝旧開智学校校舎が再オープンする。
「記念に何かしよう」と考えたのは、博物館で研修を受けた市民ガイドたち。館内で開くパネル展と、跡地を解説して歩く「ガイドウオーク」を企画した。写真などで歴史を振り返るパネル展がいわば座学なら、ウオークは実習に当たる。
9月に始まり、ウオークは月に2、3回実施。10月中旬の回に同行取材した。この日は参加者6人に対し、案内役が市民ガイド3人と学芸員1人と手厚い。松本城も案内しているベテランガイドの増田徹夫さん(72)が今回の主な話し手だ。
博物館の1階に集合し、まだ真新しい設備を見て回って、3階のパネル展へ。紹介されている博物館の経緯は、ざっと以下のようなものだ。
▽明治の初めに松本城で「松本博覧会」が開かれ、物を集めて展示することが市民に歓迎された▽それを受け、日露戦争後に「明治三十七、八年戦役紀念館」が開智学校(当時は松本尋常高等小学校)内に開館した▽その後、松本城二の丸や、現在の日本銀行松本支店の場所に移転していった―。
「紀念館」開設は開智学校の校長が主導したが、「開館式は当時の松本町を挙げて行われた。実質的に町立だった」とガイドの増田さん。市立博物館の始まりとされるゆえんに参加者たちはうなずいた。
常設展で江戸時代の街づくりも見た後、一行はいよいよ屋外へ。館内で得た往時のイメージと現代を重ね合わせて歩いていく。
女鳥羽川沿いの旧開智学校跡(中央1)を過ぎ、本町通りに差しかかると、「明治の松本博覧会の時は、ここを日に4千、5千の観客が通った。その熱気に開智学校の児童は強い影響を受けた」とガイドの山本宏紀さん(69)。後に「紀念館」をつくる機運につながったという。150年ほどたち、同じ場所を観光客が行き交う光景を見ながらそんな解説を聞くのは感慨深かった。
この日は図のルートを1時間ほどかけて歩いた。松本市に転居して1年という女性(38)は、「街の歴史が何となく分かった。ガイドが何人もいて質問しやすかった」と満足した様子だった。
11月は10、24日に開催。旧開智学校校舎(開智2)がゴールになる。参加は要予約で入館料が必要。市立博物館TEL0263・32・0133