閉店迫るパルコに感謝の気持ちを 「ありがとう松本パルコ実行委員会」多彩な企画

多くの人で温かく送り出そう

松本にはパルコがある─。街のシンボルの一つで、市民や周辺住民のステータスでもあった松本パルコの閉店が、2025年2月に迫ってきた。思い出を語り、感謝の気持ちを形にしようと、同施設でイベントを開いた人、出店者などが集まり、「ありがとう松本パルコ実行委員会」が結成されたのは、8月のこと。
以来、来店した人、出店者、近くの飲食店のオーナーら、大勢の人に思い出を語ってもらい、写真と共にインスタグラムなどにアップする、主催団体に協力しクリスマスマーケットを盛り上げる─など、閉店に向け、さまざまな取り組みを企画している。
「松本パルコに対して何ができるのか」。そんな思いを核に、最後をいい形で終わってほしいと頑張っている。

笑顔の写真で思い出を語る

インスタグラム「ありがとう松本パルコ!」=こちら=をのぞくと─。笑顔の写真とインタビューが盛り込まれている。12月10日現在、登場した人は約180人!「中学の時、背伸びをしてパルコに入った」「洋服といえばパルコ」「長い付き合い」「高校生の時、ツリーの点灯式で歌った」など、いろいろな思い出がちりばめられている。
会社員、元スタッフ、昔働いてた人、家族連れ、高校生など年齢も立場もさまざまだ。松本市民や周辺住民の他、県外から訪れた人もいる。「さみしい」「残念」「いつか帰ってきて」など閉店を惜しむ声も多い。
「ありがとう─」を運営するのは、パルコのイベントに関わった人、思い出のある人などLINEでつながる「ありがとう松本パルコ実行委員会」メンバー約100人。中心になっているのは、西片隆さん(56、松本市梓川梓)、小林寛さん(57、同市中央3)、小石哲也さん(45、同市波田)ら7、8人という。

経済や文化など大きな功績残す

松本パルコは1984(昭和59)年オープン。ピーク時の96年の売り上げは100億円弱あったという。「1日1万人ほど来ていた時期もあった」と西片さん。経済効果、地域に与えた文化的な影響は大きく、地域や人を育ててもらったという思いも強い。そんなパルコに多くの人が集まり、感謝を込めて見送りたいと実行委員会を発足させた。
14、15日は、県護国神社(同市美須々)を中心に、イベントを企画運営する美須々の杜(もり)のモールが開く「MMM CHRISTMAS MARKET2024」に協力。松本パルコと一帯の花時計公園、信毎メディアガーデン前、市立博物館で開く回遊型マーケットで、キッチンカーが出たり、クラフト作家が出展したり。市博物館で開くワークショップの対象は、主に子どもといい、リサイクルの重要性を伝えるなど学びの場にもしたい考えだ。
11日には、商都松本にぎわい発進プロジェクト実行委員会が「ありがとう!松本PARCO」フラッグ約110枚を本町、伊勢町通りなどに掲出した。12日以降、中町などに約70枚を、約120枚を大名町などに掲げる予定だ。インスタグラムの「ありがとう─」は、できるだけ多くの人に話を聞きたいと、閉店ぎりぎりまで続ける。
小林さんら3人は、閉店で市の商圏がどうなるのか、街は廃れないかといった不安を抱える。が、閉店は決まったこととし、「パルコが開店した40年前、松本はおしゃれな街という印象はなかった。パルコが与えた影響、イメージは大きい。功績ある店を温かく送り出したい。できるだけ多くの人にパルコに足を運んでほしい」と願う。