【特集・巳年に期す再生】白馬の宿・ぬくもり存続へ 新たな一手

ゲームの対戦の様子を見守る旅館「木塵」の柏原さん(右)

上質なパウダースノーを求める外国人スキーヤー・スノーボーダーらでにぎわう冬の白馬村。拡大するインバウンド(訪日客)需要を受けて、海外などの資本によるホテル・観光開発も進んでいる。一方、「民宿発祥の地」といわれる村には、家族経営の温かなもてなしで長年営業を続ける小規模な宿が多いが、経営者の高齢化や後継者不足などに直面し、今後の運営に課題や悩みを抱える所も少なくない。流動的な要素も多いインバウンドを見据えつつ、村の宿泊業をどう持続していくのか─。新たな一手に乗り出した会社と宿を訪ねた。

ゲームなど多目的施設を併設
旅館「木塵」

師走の同村神城。雪に覆われしんとした屋外とは対照的に、建物内はゲームの電子音や人々の会話でにぎやかだ。ブラウン管画面のアーケードゲームの筐体(きょうたい)がずらり。対戦を楽しむ人、大画面に映るプレー動画を見ながら酒を片手に語らう人、酔いが回って仮眠を取る人もいる。
ここは三日市場にある家族経営の旅館「木(もく)塵(じん)」の隣に、昨年6月オープンした「白馬バーチャロフセンター」だ。3D対戦ロボット格闘ゲーム「電脳戦機バーチャロン」で遊べるほか、階段状になった席でセミナーや演奏会など多目的に活用できる2階建ての施設。カフェバーもある。
宿の3代目の柏原周平さん(46)の趣味は、このゲームのプレーとプラモデル製作。20年前に家業に入ると、スキーや大学の夏合宿の需要がない春と秋の集客にてこ入れの必要性を感じた。
「来る理由をつくらなきゃ人は来ない」。自分の趣味を集客への一手に─。宿に泊まり、バーチャロンのプラモデルを作る催しを開くうちに、口コミで評判になった。愛好家が「ゲーム合宿」を企画し、中古の業務用ゲーム筐体を宿に提供する動きも出て、「オフ会」目的の客が全国から集まり出した。

「バーチャロン」根強いファンも

バーチャロンは30年前の業務用ゲーム(現在は製造終了)に始まり、後に家庭用ゲーム機にも展開。根強いファンが多い。柏原さんは愛好家の熱意も受け、より快適にプレーや観戦、交流ができ、ゲームの歴史を伝える場をと、旅館に併設する施設を計画。クラウドファンディングで集まった約2500万円や国の補助金も活用し、開設に動いた。
2対2で対戦するバージョンもあり、全国から集う愛好家は、じかに声をかけ合いプレーする臨場感を満喫する。大阪市の女性(42)は「プレーができてお酒も飲め、最高の場所」。日帰りでも利用でき、塩尻市の男性(46)は「興味本位で通ううちにコミュニティーの沼にはまった」。今では木塵に宿泊して交流を楽しみ、「縁のなかった白馬村に宿泊するとは思いもしなかった。宿も含めて心地よい空間で、滞在が楽しい」。
専用コントローラーの開発プロジェクト担当者だった久保彬子さん(40、東京都)は、「ただいま、と帰れる実家に近いサードプレイス(第3の居場所)」という。
オープン以来、持ち込みイベントなどで週末の予約はほぼ埋まり、宿も忙しい。妻の朋子さん(46)は「宿営業を週末に集中させる選択肢も」と経営や働き方改革も見据える。
「人のつながりを手放すのは、でっかい財産を失うことになる」。2014年の神城断層地震で建物が大きな被害を受けても、新型コロナウイルスのあおりを受けても「宿を畳む気はみじんもなかった」という柏原さん。B&B(ベッド&ブレックファスト)も試したが、「お客さんとの会話が減り、われわれが面白くなかった」。土地の食材で手作りする“田舎料理”を出す1泊2食のスタイルを大切にする。
柏原さんが強調するのは「人と会うことの価値」だ。施設名「バーチャロフ」(造語)は「バーチャルオフ」の意。「ゲーセン文化が好きだった人は、人と会うことが好きなんだよな」。集まった人たちの楽しげな様子を見つめる表情は、ただただうれしそうだ。

「雪の荘」で外国人宿泊客と談笑する山口さん(右)と宿主候補者の渥美雄一郎さん

事業承継支援と宿主育成
エイチツーイノベーター

後継者不足などに悩む宿と、宿泊業に挑戦したい人を育成しながらマッチング─。宿泊施設運営のH2(エイチツー)Innovator(イノベーター)合同会社(同村北城)が、事業承継の形で宿の運営を受託する初のケースが今冬、八方エリアにある「雪の荘」(同)でスタートした。
登山客やスキー客、夏の合宿客らを70年以上受け入れてきた「雪の荘」は、初代が山のガイドをしながら客を泊めた民泊がルーツ。時代の波を受けつつも、気取らない安心感のある雰囲気が常連客に愛された。
3代目の丸山卓純さん(61)は、施設の老朽化や「元気なうちに引退を」などの思いから、宿業をやめることを決めた。施設は売却も考えたが、宿の価値を高めて活用する意思にあふれた同社代表の山口聡一郎さん(50)と出会い熱意に共感。運営を任せることにした。
東京都出身の山口さんはホテル業界に長く身を置いた。2012年に白馬に移住後も宿泊業に携わり、白馬発祥の「民宿文化」に感銘を受け、宿の後継者不足という深刻な地域課題を知る。「施設は所有せず、宿運営に特化したビジネスで課題解決を図ろう」。23年に同社を立ち上げた。
宿経営をしたい人を県内外から募り、後継者に悩む宿オーナーとマッチングして運営を受託。オーナーには賃料が入る。山口さんは宿主の運営サポートや、人材育成の役割で伴走するスタイルを想定。「雪の荘」は初事例のため例外的に山口さんが宿主になり、当面は宿主候補者と一緒に運営に当たる。
「若い人や未経験でも自分で宿を経営したい人が増えている。経営を学ぶ学校をつくりたかったが、観光業は人手不足。人を育てている時間はない」。思いついたのが、運営しながら実践的に経営を学んでもらう制度だ。
宿主の個性がにじむ宿を白馬エリアに複数展開することで、宿泊客の多様化、宿同士の人のやりくり、仕入れの共有などのコストの効率化に対応する狙いもある。

外国人客対応や「夕食難民」解消

新生「雪の荘」は、ゲストハウスに近い宿に。家庭的で温かいもてなしを継承しつつ、インバウンド対応やレストラン不足といった白馬が抱える課題を解決する運営を目指す。施設改装は最低限にして従来の雰囲気を残す一方、ドミトリールームを設けるなどしてこれまで受け入れなかった外国人客にも対応した。また、長期滞在の訪日客らの泊食分離の需要が多い中で冬季の「夕食難民」の解消へ、村内にある人気の古民家レストラン「かっぱ亭」を誘致。「ゆきの亭」として冬季限定で営業するほか、食事だけの利用客も受け入れる。
20年度の村宿泊事業者実態調査によると、事業主の6割超が60歳以上。全体の約3割が今後の事業承継や廃業、売却を希望している。今ケースは、持続可能な宿泊施設の在り方を探る一手として注目を集め、「モデルケースになれば」と丸山さん。
「ハードやサービスは時代で変わろうとも、白馬の宿泊業の根底に流れる『民宿文化』を大切にしていきたい」と山口さん。自身を含む白馬愛にあふれる人のアクションが、観光地・白馬の魅力を深め高めると信じて進む。