【特集・巳年に期す再生】トライアル営業で大きな成果 再開準備着々と「チロルの森」

「今年、ついに復活か!?」。そんな期待を集めるのが、来園者減にコロナ禍のあおりも受けて2020年秋に閉園した塩尻市北小野の「チロルの森」。再開を占った昨年夏の「トライアル営業」はおよそ1カ月で約2万5千人が来場し、運営会社も手応えを得た様子だ。現場はいつゴーサインが出ても対応できるよう準備を進めている。

昨年12月中旬、うっすらと雪が積もる園内で、運営会社ワールドインテック(福岡市)「チロルの森開設準備室」課長の山本尚人さん(37)が柵の修復作業をしていた。トライアル営業後も山本さんら社員3人が常駐し、掃除や工事の発注、企画の立案などをしている。
「会社から『春に開けるぞ』と言われても対応できるよう、準備を進めている」と山本さん。
昨年7月27日~9月1日に実施したトライアル営業は、社内で「成功」と捉えられており、今年再開する可能性が高い。ただそのタイミングは春、夏季限定など複数の選択肢があり、経営陣の判断を待っている。

自然環境は守る売却断り自社で

閉園後、同社にはさまざまな企業から“再活用”の打診があったという。「売却が一番簡単だったが、そうしなかった」(山本さん)のは、持ち込まれた案がどれも、今の自然環境を変えてしまうものだったからだ。「売るわけにいかない。自分たちでなんとかしよう」と、閉園中も地元の元従業員に依頼し、最低限の管理を続けた。
新型コロナが落ち着き、レジャー施設に客が戻り始め、同社パークマネジメント事業部が直営や指定管理する全国20施設の経営が安定。チロルの森の再開を検討する余力が生まれ、昨年1月末、北九州市の公園施設にいた山本さんに「(チロルの森が)まだ使えるか、春になったら探るように」と指示が出た。
時を同じくして、塩尻市議会が3月に初開催した「こども議会」で、議員役の児童の一人が百瀬敬市長に復活を直訴。それを報道で知った同社上層部は、トライアル営業の実施を即断した。
ゴールデンウイーク後に現地入りした山本さんは「開けられるのか?」と半信半疑だったが、以前によく訪れた中川村の小学6年生らが「チロルの森再生プラン」を百瀬市長に送っていたことも知り、「できることは何でもやる」と腹を据えた。
再開の準備を始めると、地元やファンもすぐに呼応。かつて遊んだ高校生や大学生らがアルバイトを買って出たほか、地元の若者有志も飲食やワークショップの「復活応援祭」を自主的に企画するなどし、来場者は同社の想定を1万人も上回った。
「初日にお客さんが入った途端、建物がきれいになった気がした。血が通ったんですね。あの光景は今でも忘れられない」と山本さん。

新規・常連とも楽しめる工夫を

再生の肝として現場が挙げるのが、ファミリー層以外の、特に20~30代の客の獲得だ。その布石としてトライアル営業の期間中に、古道具やクラフトなどが出店するマーケットイベントを実施。2日間で4200人が訪れた。「地元の力も借りながら、若者が『行ってみたい』と思うイベントをどれだけ企画できるか」と山本さん。
次いでリピーター客の満足度のアップ。全国で同様の施設を運営する同社の強みを生かし、県外産品の物産展などのイベントを数多く打ち出し、来るたびに新しい発見がある場所にしたいとする。
標高千メートル近い場所にあるため、営業が困難な冬季の活用も課題だ。昨年11月に地元有志が企画した自転車競技「シクロクロス」の大会の会場として園内を提供したように、休業中もキャンプやクリスマスマーケット、映画撮影の誘致などさまざまな策を練る。
施設もトイレを洋式に変えたり、建物内にエアコンを導入したりする予定。ゴーカートやアーチェリー、足こぎボート、動物との触れ合いコーナーなど、以前あったアトラクションも復活させる方向で調整が進む。

地元と運営会社強固な連携が鍵

再生の途に就いたばかりのチロルの森だが、流れをつくったのは再開を期して所有し続けた運営会社と、復活を願うファンや地元住民の思いだ。この推進力をどう持続させるか。
取材を進める中で、市民の一人はこう話した。「地域とのコミュニケーションを、どこまで大切にできるか。地元に愛されない施設は、また同じ運命をたどる」。地元と強力なタッグが組めるかが、再開の扉とその後に続く道筋の鍵を握る。

発言が再開のきっかけにー川口洵さん(10、塩尻市片丘小4年)
GW開園を予想し笑顔

塩尻市の「こども議会」での発言でトライアル営業のきっかけをつくり、再開初日に1日園長を務めた川口さんは「歩けるようになった頃から通った」という筋金入りの“チロルっ子”。閉園後も「もう一度開くのをずっと想像していた」という。
閉園前の約2カ月間は、毎日のように通った。最終日は園内を回れるだけ回り、大好きなピザやソーセージを食べた。帰りの車の中で家族も驚くほど号泣し、残った感情は「絶対に復活させる」だった。園内で拾った松ぼっくりや、閉園時にスタッフからもらったブドウの飾りなどは、今も自宅に飾っている。
「2025年、チロルの森はどうなると思う?」と尋ねると、「僕の中では『ゴールデンウイーク(GW)に再オープン』のイメージができている」と即答。「トライアルの時は暑すぎて、動物をあまり連れて来られなかった。それを考えたらGWでしょ」。期待で笑顔がはちきれんばかりだ。

子ども連れ100回以上来園ー常田武俊さん(60、塩尻市広丘吉田)
子育て世代に大切な場

1999年の開園以降、「3人の子どもを連れ、少なくとも100回以上は行った」という常田さん。トライアル営業中は「絶対に復活させる!」と、すでに成人した子どもたちと何度も足を運んだ。
ゴーカート、アーチェリー、芝滑り、おもしろ自転車、乗馬、動物との触れ合い…。「全然飽きなかった。芝生で弁当を食べたり、散歩したりするのも気持ちよかったなあ」
観光シーズンを除けば「人が多くないのがかえってよかった」と振り返り、「のんびりした雰囲気が魅力だった。楽しくて、ほっとできて、学びもあって最高」と絶賛。自身の経験から「子育て世代にとっても大切な場所になる」と強調する。
閉園前の数年はアトラクションや施設がどんどんなくなり、寂しかったというが、「復活したら今度は逆なのかな。行くたびに少しずつ増えて『なんか新しいのあったぞ』『また来よう』って、わくわくできるかも」と楽しみにしている。

【チロルの森】農業公園をうたうレジャー施設を展開したファーム(愛媛県、2020年にワールドインテックに吸収合併)が、全国14カ所目の施設として山林約27ヘクタールを開発し、1999年4月に「信州塩尻農業公園チロルの森」の名称で開設。
オーストリア・チロル地方をイメージした街並みや、そば打ちやパン作り、工芸などの体験、ソーセージや地ビールなどの加工品製造・販売が売り物で、地元産農産物を使うレストランもあった。
初年度は約37万人(無料入場者を除く)が来場したが、19年度は6万6千人まで減少。コロナ下の臨時休業や外出自粛が追い打ちをかけ、開業21年目の20年11月末に閉園した。