松本山雅FCは今年、J3での4季目を迎える。もどかしいシーズンが続いているが、昨季は最終盤のJ2昇格争いでスタジアムの内外が盛り上がり、改めて地域での存在感の大きさを示した。山雅は再び成長曲線を描けるのか、そして地域に何ができるのか。運営会社幹部と学識経験者に聞いた。
信州大教授 林靖人さん
ドリームビジョン策定10年意義は─
“推し”人動かす力大きく
山雅はJ1に初参戦した2015年、将来構想「ドリームビジョン」を策定し▽街づくりへの貢献▽街中スタジアム建設─などを掲げた。10年後の今、その意義をどう見るのか。地域活性化の活動に詳しい信州大の林靖人教授(46)=写真右に聞いた。
─地域への貢献をみる指標に「経済波及効果」がある。ご自身もメンバーだった民間シンクタンクのNPO法人「SCOP(スコップ)」の試算だと、J1を戦った19年は約64億5千億円だったが、その後は半減したと見られる。
「直接的な経済効果は減少したかもしれないが、山雅はそれだけでは測れない地域価値を創出してきた。例えばスポンサー企業の数は500を超える。街中で、クラブのステッカーを貼った車を相変わらずよく見る。AC長野パルセイロとの信州ダービーは、普段サッカーを見ない人も巻き込んで盛り上がる。山雅はこの地域のイメージと結び付き、住民のアイデンティティーに組み込まれている」
─金銭とは別の効果があると?
「人を動かす力が大きい。“推し”がやっていることは、自分も関わりたいもの。山雅の場合、例えば地元産の青大豆あやみどりを栽培して加工、販売する農業プロジェクトに多くのサポーターや団体が参加している。本業を越えた事業でこれだけ人を巻き込めるのは、この地域では山雅だけだろう」
─その力を松本市の中心部でもっと生かせないか?
「例えば、中心市街地で空いてしまう大型商業施設などのワンフロアをサッカー施設にし、選手とそこで交流できたり、簡単な練習ができる新しいカフェなどの拠点づくりが考えられる。スポーツを軸にすれば、他の商業施設と差別化でき、新しい人の集う場や居場所になる」
求心力ある拠点街への愛着育む
「私は、中心市街地はwalkable(ウオーカブル)(歩ける)であることも必要だが、同時にstayable(ステヤブル)(滞在できる)が大事だと考えている。特に松本は高校生や大学生、旅行者が集まってくるにもかかわらず、駅と学校、観光スポットとの往復になりがち。街に対する愛着や地域ブランドの形成には、特徴的で求心力のある拠点が重要となる」
─街中にスタジアムを建設する構想があったが。
「大事なのは、人と人とのつながりをつくること。人口減少時代は、量よりも質が鍵を握る。山雅はそのハブになれる。文字通りのスタジアムではなくても、人をつなぐその機能は街中につくれるし、そこからスタジアムにつなげることもできる。いわば、時代に合わせた『スタジアム構想ver(バージョン).2』だ」
「いつも山雅の気配が感じられる街。それで街が活性化し、山雅も活性化する」
はやし・やすと
愛知県出身。NPO法人SCOP(松本市)などを経て、信州大教授。専門は感性情報学。2021年から副学長(エンロールメント・マネジメント担当)を務め、地域の人材育成などに携わる。23年度の塩尻市総合計画審議会会長など街づくりにも多数関わる。
松本山雅代表取締役執行責任者 横関浩一さん
クラブ事業のけん引役戦略は─
勝つため会社の成長必要
松本山雅FCを運営する「株式会社松本山雅」は昨年、9年ぶりに社長が交代し、同時に代表取締役が2人になった。小澤修一社長(45)と2トップを組むのは、広告最大手・電通出身の横関浩一執行責任者(45)=写真左。事業成長のけん引役に戦略を聞いた。
─昨季は最終盤に盛り上がった。
「目指すべき姿だと思った。すごい熱量がサンプロアルウィンにあふれた。あの風景をつくるために、関係人口を増やしていく必要がある。山雅とつながり、好きになり、サンアルに向かう人をあらゆる領域で多くしたい」
─その見込みは?
「山雅には強みが二つある。一つは、地域で認知度、信頼性が高いこと。もう一つは、関係者のエンゲージメント(愛着心や信頼感など)が深いこと。非常に熱心な方が多く、本当に信頼してくれていて、新しいことを始めると『手伝うよ』『使ってみるよ』と協力してくれる。でも、既存の関係の深さに甘えるのはよくない。『仲がいいからお願いします』では、継続性が失われていくかもしれない」
─継続性を高めるには?
「例えば不満、不便、不快を解消しない限り、継続して経済的なサポートを実現することは、難しいと思っている。サポートにはいろいろな理由があり、純粋に応援したいという思いもあれば、マーケティングに活用して自社の収益を拡大したいという狙いもある。社会課題を解決したいという動機もある。期待に応え、不満、不便、不快を解消することにより継続性が高まると思う」
商品開発を支援部活地域移行も
─解決するには?
「例えば、売り上げを伸ばしたい企業のために、商品開発を含めてお手伝いする。社会課題で言うと、部活動の地域移行がある。子どもにとって運動する機会が減るのは不満、不快だし、自治体にとっても困り事。移行を支援する方法はないか模索している」
─「サッカーに注力すべきだ」という声もあると思うが。
「勝つサッカー、理想のサッカーを実現するには資金も必要だ。多くのクラブがサッカー以外の事業で稼いだり、親会社の資金を入れたりしている。サッカーだけでお金を回そうとすると、他のクラブの成長曲線の上がり方と差が拡大してしまう」
「不満や不快を解決すれば、関係者はわれわれの方を向いてくれる。今までにない地域貢献活動、つながりで関係人口を増やし、資金をつくらないといけない。他のクラブは1歩、2歩、3歩と踏み出している」
─運営会社の財務状況は2期連続の赤字だった。
「改革に着手した。トップチームだけでなく、ユースアカデミー(育成組織)を含めた練習環境の改善も大きな課題だが、収支均衡が実現できていない状態で、思いだけで走り続けるのは限界がある。ガバナンス(組織統治)の改革にも取り組んでいる。市民クラブであればこそ、もっと開かれた会社にしていい。会社の成長なくして、現場のサッカーの成長はないと思う」
スポンサーとのコラボ商品
長野ダイハツ販売(松本市)の軽乗用車「ミライース松本山雅FCエディション」。同社創立60周年を記念して先月発売された。販売は3月末まで。
アルピコ交通(同市)が昨年10月に発売した「松本山雅なめらかチョコクッキー」は、構想から10年の昨春、山雅に同じくスポンサーの菓子製造販売・彩香(安曇野市)を紹介され、商品化にこぎ着けた。
よこぜき・こういち
大阪府出身。2002年にJ2ヴァンフォーレ甲府でDFとしてリーグ戦5試合に出場。04年、当時北信越リーグ2部だった山雅に短期間所属しプレーした。翌年に電通入社。昨年3月に山雅運営会社に入り、4月から代表取締役執行責任者。