
アラスカにいる太古の動物、ジャコウウシ。1頭でフラフラしている個体もいれば、時に100頭ほどの群れをなしていることもある。ところで、なぜ「太古」といわれるか。それは、彼らが氷河期をアラスカに居ながらにして乗り越えたとされているから。一言で言うと、それほど寒さに強い生き物だったからだ。
しかし、寒さに特化し過ぎて、間氷期(氷期と氷期の間の温暖な期間)に入ると生活しにくいこと、さらにはのんびりした性格のため、人間の狩猟により、北米では一度絶滅してしまった経緯がある。20世紀に入ってすぐの頃、グリーンランドから連れてこられ放獣されたものが、現在は定着している。この写真の個体の、お爺さんのお婆さんのお爺さんくらいは、グリーンランドにいただろう。
この個体は30頭ほどの群れの端にいて、僕をよく観察していた。6月の北極圏はどこもかしこも解けた雪でびしょびしょで、僕はザックを下ろす場所が見つからず背負ったまま撮影していた。体の前にも後ろにもザックを背負う異様な見た目のせいもあって、彼はしばらく僕を見つめていた。
野生の生き物と目が合う瞬間はうれしいが、その時間が長いと少しずつ不安になってくる。クマなどに比べると、草食の生き物は急に怒ったり走り出したりして動きが読めないからだ。数十メートルの距離はあったものの、「もう行くね」と声をかけ、徐々に後ろに下がった。
今あの群れはどこにいるかな。パソコンのモニターに映る彼を眺めながらそんなことを思った。
(写真家、安曇野市在住)
佐藤大史さんがアラスカで撮影した写真展「北の光景」が、7月12~21日、松本市中央2の信毎メディアガーデンで開かれる。展示作品を本欄で紹介する。