
かつて日本中の人がその声を聞いていた。「チョコレートは明治♪」「サッポロ一番、みそラーメン♪」…。後藤叶圭(きょうか)さん(70、大町市大町)は、数々のCMに名調子を付けた。
高校卒業後に歌手を目指して上京、3人グループでメジャーデビューした。だが、裏方の仕事に引かれ解散。アリスや井上陽水さんらのバックコーラスを務める一方、広告業界でも活躍した。
18年前、親の介護でUターン。コロナ禍を経て東京での仕事は減ったが、歌い続けた。福祉施設で披露したり、妹と2人でステージに立ったり。「歌うことは本当に楽しい」
子どもの頃から好きだったものがもう一つある。動物だ。保護猫活動を続け、昨年、ボランティア団体をつくった。
卒業文集記した2つの夢かなえ
後藤叶圭さんは、小学校の卒業文集に将来の夢を二つ書いた。「歌手になる」「大きな家で猫と暮らす」
一つ目の夢のため、18歳で上京。親とは「3年」と約束した。
年限が迫る1976(昭和51)年、渡辺プロダクションと契約、専門学校の同級生と組んだグループ「アトリエ」でポリドールからレコードが出た。夢がかなった。
だが、事務所に従って歌う仕事に「何か違う」とも感じた。そんな折、スタジオミュージシャンに触発された。その時々のメンバーと好きな仕事をしていく姿が「かっこよかった」。「歌う仕事にはいろいろある」と、渡辺プロを2年で辞めてフリーになった。
それからは「何を歌っても楽しかった」。沢田研二さん、美空ひばりさん、山下達郎さんらの演奏をサポートした。本番の歌手に代わって、レコーディングのサンプルとなる「仮歌(かりうた)」を吹き込むこともした。手本を歌ったカラオケは計3千曲に及ぶ。
仕事をしながら歌い方の引き出しを増やした。「パンチを効かせて」「途切れ途切れに」「ハスキーに」。要望に応じて歌い分けた。
ただ、CMの仕事はほとんど素の声でできて、それが求められた。例えば「ナショナル♪」。1秒足らずの発声だが、別の人に替わると、広告主から後藤さんにするよう要請があった。このCMをよく見ていた親に「お前の声に戻った」と喜ばれた。
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もう一つの夢へ向かう力は、心底からの猫愛が働いている。
幼い頃から動物が好きで、肉食ができないほどだった。野良猫を見るのは忍びない。「安住の地がなく、生まれた子猫はキツネとかに食べられる。悲惨ではないですか」。自然な繁殖を制限することが、安心して猫が命を全うすることにつながると考えている。
大町に帰ってきて、本格的に避妊・去勢手術を施す活動を始めた。昨年には10人ほどの仲間と「大町猫お助け隊」をつくり、代表になった。
野良猫は自分たちで見つけたり、連絡を受けたり。その近所を訪ねて活動の趣旨を話し、捕獲への協力をお願いする。月に10匹前後を獣医師の元に連れて行き、施術して居場所に戻している。
中には引き取る猫もいる。そんな猫も含めて今は7匹と暮らす。
卒業文集から58年。「夢を二つともかなえて、(われながら)偉いねぇ」とほほ笑む。
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21日、コンサートを6年ぶりに大町市で開く。好きな曲をメインに、おなじみのCMの声もメドレーで披露。「いつもCMが一番拍手を受ける」。午後5時開演。前売り3千円、当日3500円。麻倉Arts&Crafts TEL080・8901・6727