
詩人の言葉が宙を舞い、本の感想を語り合う言葉が室内に響く。古書の匂い、和紙の手触り、コーヒーの香り、街のざわめき。さまざまなものが共存し、刺激的なのに妙な安心感に包まれる…。
10月5日、松本市中心部の今町通りにある美大・芸大予備校「マツモトアートセンター」で、一箱古本市などが行われる催し「マツモトブックセンター」が開かれた。
2023年春、本好きの男性3人が月に1度、アートセンターのビルの入り口や屋上に好きな本を並べたのが始まり。昨年は3回、今年は1回と回数は減っているが、中身は濃い。今年は18人が仮設の本屋を出店し、初めて読書会が開かれた。
料理人が文学作品から着想したカレーを提供するなど、ますます幅を広げる“表現の場”を取材した。
思う存分自己表現できる場に
「ダイアローグ・オブ・リーディング」と題して、書物を通した対話をテーマに開かれた今回のマツモトブックセンター。午前中はシンポジウムなどが行われ、午後は読書会が開かれた。
読書会では、松本地方で書店を営んだり、イベントに出店する形で書店を開いたりする4人が進行役を担当。グループごとに違った趣で会話を楽しんだ。
菅谷真帆子さん(塩尻市)が主宰する「桶屋書店」が行ったのは、参加者が一冊の本を分担して読んで、内容をまとめるスタイル。セルフケアについて書かれた本を4人で分担して読み、各自内容を紙に書いて発表した。短時間でおおよその内容を把握できる読み方だ。
松本市出身の五十嵐ちなつさん(山形市)が主宰する「ボッカ・ブックス」では、食をつづった短編エッセーを4人で読み、食にまつわる思い出などを自由に語り合った。読書会初体験という寺澤夏帆美さん(30、塩尻市)は「本は一人で読んでも世界が広がるが、複数人で読むともっと世界が広がり驚いた。楽しい」と目を輝かせた。
一箱古本市や詩の朗読など
中庭では一箱古本市を開催。初出店となる詩人の木下太尾さん(31、麻績村)は、2冊の詩集や自分ですいた和紙で作った栞(しおり)などを並べた。地元の個性的な書店と知り合えたり、SNSでつながっている人と直接会えたりするのが楽しいと言い、「埼玉から移住してきたが、松本に書店文化が根付いていることに驚いている」と声を弾ませた。
中庭では、2人の女性詩人による詩の朗読もあった。20代の肉体から放たれるひりつくような、しかしみずみずしい言葉が、空に放たれ、ビルの壁に染み込み、街の音と混ざり合う。
みなもと琴さん(22、塩尻市)は朗読の最後に、ビルの2階から詩を書いた紙をばらまくパフォーマンスを披露。「詩の自由なところが好き」との言葉通り、自分を思う存分表現していた。
要素を取り込みイベントも充実
実店舗を持たない本好きの出店から始まったイベントだが、出店者の中から店を開く人が現れた。イベント自体も、活版印刷のワークショップ、音楽演奏、コーヒーの出店など、さまざまな要素を取り込みながら一層充実しつつある。
発起人の一人で、「のらどこ」の屋号で野菜と本の販売をする織田倉(おだぐら)悠さん(42、松本市)は、「『思い』を持った人や『表現したい』という人が、この場に集まってくるのがうれしい」と笑顔を見せた。