
「サァー」の歌い出しで始まる民謡「正調安曇節」は、安曇野の田園風景や人々の暮らしを歌と踊りで表す。今年で発表から100周年の節目を迎えた。
松川村の医師・榛葉太生(しんは・ふとお)(1883~1962年)を中心に、村人と一緒に創り上げた県を代表する民謡の一つ。同村では本年度、記念式典(29日)をはじめ各種記念事業がある。目玉の一つ、村民による手作り劇「安曇節ものがたり2025~榛葉太生の一生~」が16日、村すずの音ホールで上演される。
16年前のホール完成記念公演劇のリメークだが、総勢約80人の出演者、スタッフの多くが、携わるのは初めて。当時は生まれていなかった子どもたち、移住者らも多数いる。役を演じ劇に関わり安曇節や榛葉の思いに触れ、“村の宝物”を受け継ぐ思いが広がっている。
“村の宝物”受け継ぎ心つなぐ
16日の「安曇節ものがたり2025~榛葉太生の一生~」本番を控え、古い着物や消防のはっぴ姿などの松川村民が、村すずの音ホールで通し稽古に日々、励んでいる。呼び掛けに応じて集まった5~89歳。裏方で劇を支えるのも村民だ。
公演は、正調安曇節100周年記念事業実行委員会の主催。安曇節誕生までの道のりと、その普及に心血を注いだ榛葉太生の一生を描く、笑いあり涙ありの舞台だ。村民らが得意分野を生かして脚本、演出、音響、照明、衣装までも手がける手作りの劇。好評だった2009年の初演をリメークした。
実行委副会長で劇の統括責任者の梨子田芳正さん(78)は「榛葉先生の生きた時代を知る人は少なくなった。劇から先生の思いを現代、そして後世につなげたい」と願う。
半年以上前から練習を重ねる出演者たち。本格的な舞台経験のない人がほとんどだ。「無理しちゃいけねえじ」「ありがとうござんす」「踊ってみましょや」といった方言が温かい、素朴で親しみやすい内容。複数人の声を重ねて災害が迫る緊迫感を強調したり、人物のシルエットで夜の神社の雰囲気を出したり。熱演と演出の工夫で飽きさせない。
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榛葉役は、年齢ごとに4人がリレーで演じる。中年期を担当する村職員の前島靖之さん(41)は、元地域おこし協力隊員で、首都圏からの移住者だ。「『なっちょ』(どう、いかがの意)のイントネーションが難しかった」と苦笑しつつ、「劇に関わり歴史を知ると、太生さんの熱い情熱が時代を超えて生き続けていると思える。『自分たちの歌と踊り』という意味を、演じながら徐々に感じられるようになった」。
熱演する子どもたちはどうか。松川小6年太田慈朋(いつほ)さん(11)は「劇を通じ、安曇節が大切に守られてきた村の宝ということがよく分かった」。榛葉充音(みと)さん(11)は「いろいろ考え込まれていたすごいものと知り、安曇節の印象が変わった。将来は広げる活動をしたい」と力を込める。
「榛葉先生の生涯と、激動の時代を生きてきた村民の姿を届けたい」と前回に続き脚本、演出を担当する山﨑圭子さん(81)。「近年は移住者が増え、安曇節を知らない村民も多い。演じたり、歌ったり踊ったりしてつないでいってもらえたら」と話す。
安曇地方を象徴する民謡が欲しいと、榛葉が地域の人と知恵を絞り作り上げた安曇節。歌詞の大部分は公募で集められた。「素人の俺たちに民謡なんか創ることができるかねえ」「たとえ拙くてもいい。己の目で見、肌で感じたことを大切にして創ってこそ、自分たちの歌になる」。消防組員と榛葉の劇中の会話は、令和の演者、スタッフの心情にも通じる。心をつなぐ故郷の歌|。村民の心意気が舞台を盛り上げる。
上演は午前10時、午後2時からの2回。無料だが同ホールで配布している整理券(各回先着200人、電話予約も可)が必要。問い合わせは実行委(村役場内)TEL0261・62・3111