【戦後80年 石井柏亭 えがくよろこび】 #5 『球場雪晴』(1953年松本市美術館蔵)

松本に生涯腰を据え描き続けた

画家・石井柏亭(1882~1958年)は、1945年3月の東京大空襲で東京の自宅やアトリエなど多くを失います。それでも、制作の手を休めることはありませんでした。
「すきとおる水絵具もていや澄める空と水とを写すよろこび」。疎開後、柏亭が詠んだ短歌には、目の前に広がる自然を前に、描くことに対する純粋な喜びが表れています。見知らぬ土地での暮らしに不安がなかったとは言えませんが、柏亭のもとには近隣の住民や芸術家、文化人らが集い、時に生活の手助けをすることもありました。そうした交流が、柏亭の心の支えともなっていたのでしょう。終戦から1年が経(た)つ頃には、松本に生涯腰を据えることを決意し、亡くなるまで幾度となくこの地を描き続けました。
本作は柏亭の最初の居住地であった浅間温泉の旅館・東山温泉からの景色を描いたもの。画面下半分には当時の真観寺池と県営野球場が広がり、遠景に北アルプスの山々が連なります。現在その眺めは大きく変わりましたが、写実を重んじた柏亭の手によって、画面には在りし日の風景が静かに息づいています。
展覧会の会期は12月7日まで、ぜひご鑑賞ください。(なかざわ・あき松本市美術館)(おわり)

松本市美術館(中央4)で、松本ゆかりの画家・石井柏亭の回顧展が12月7日まで開かれています。同館学芸員の中澤聡(あき)さんが、展示中の作品から松本を描いた作品などを紹介していきます。毎週金曜日に掲載。同展については同館のウェブサイトに。

浅間温泉の自宅で年賀状を書く柏亭(1956年)