
SNSで話題のスポットもいいけれど、本当に心に残るのは、ふと立ち寄った店で交わす何げない会話や、店主のこだわりが詰まった空間だったりする。
松本市の上条胡春さん(25)は、そんな目に見えにくい街の魅力を、小冊子(ZINE)につづっている。上条さん発行の「spica」のキャッチコピーは、「きっと会いたくなる人が増える本」。企画やコラムを通して、市内の店と、そこで活動する「人」にスポットを当てる。
3月、市内各地のさまざまな店舗で最新号が発売された。誰かのためのガイドブックではなく、上条さん自身がその店、その人を純粋に応援したいと感じた場所を掲載。「松本の好きな所を好きなように詰め込んだ」。読むと行きたい場所が増えるかも。
誰かの可能性広げる一冊に
A5サイズの小冊子「spica」は、特集やファッションスナップ、コラムなどで構成され、2024年から年1冊のペースで発行されている。
昨年6月に発売された2号(No.001)は、遊び心あふれる表紙が目を引く一冊だ。カフェのイベント密着リポートや古着店でのオーダー体験、寄稿者が自由に語るコラムなど、46㌻にわたり多彩な内容が掲載されている。
3月発行の最新号(No.002)は、松本市内でのキャンプ体験や市内のある菓子店にスポットを当て、店主の価値観や松本で開店した思いなどをつづっている。あえて余白を残し、手書きのキャプションや日常を切り取った写真を取り入れるなど「完璧過ぎない良さ」が魅力。読者層は20?30代が中心といい、2号は約180部が地元読者や観光客らの手に渡った。
「松本って、何もない街だな」。生まれ育ったこの街に対し、上条さんは数年前までそう感じていたという。転機は、ふらりと立ち寄った古着店での出会いだった。親しくなったスタッフから地域の面白い店や人を教わり、実際に足を運ぶ中で、自分らしく生きる人々の姿に魅了された。「何もないどころか、素晴らしい人やお店がたくさんある」。気づけば松本が大好きになっていた。
制作の原点が24年。松本パルコや井上百貨店の閉店発表が相次ぎ、松本の駅前再編が大きな波紋を広げていた。慣れ親しんだ街の景色が消えるかもしれない寂しさや戸惑いを感じた。
「大きなことはできなくても、この地のために何かしたい」。そんな願いを込め、同年6月に母の力も借りながら創刊号(No.000)を誕生させた。内容は「発信すること」よりも、上条さん自身が「この人の文が読みたい」「この人の話を聞いてみたい」と感じたことを優先。溢れる「ファン魂」で決めているという。
「この街にはいろいろな人がいて、多くの出会いがある。居場所がなくてつらい人や悩みを抱える人、もちろん本好きな人も何げなく手に取った人も、誰かの可能性を広げるような一冊になれば」と願う。
冊子のタイトル「spica」は、かつて松本駅前にあり、昨年解体されたファッションビル「スピカビル」から名付けた。「こんなビル(もの)があったよね」と話題に出るように、冊子がなくなっても「誰かに思い出してもらえる一冊になれば」と思いを込める。かつて街を彩った場所の名前を冠した冊子が、新しい松本の魅力を紡ぎ出している。
最新号は飲食店「The Source Diner」、菓子店「菓子壱」、雑貨店「TOCA by lifart…」、古着店「Dokka」、中古レコード店「CAPTONE RECORD STORE」などで販売中。500円。