体に優しい料理で家族一緒の食卓を 「mami coco」安曇野の坂寄真美子さん

誰もが幸せになれる食事を

「心にも体にも優しい料理を食べてもらいたい」。そんな思いからmami coco(マミ ココ)の屋号で昨年10月、出張料理や弁当を作り配達するなどの活動を始めた坂寄(さかより)真美子さん(44、安曇野市三郷温)。自家製の塩こうじ、甘酒など発酵食品を使った調味料で、旬の食材、自然の恵みをたっぷり取り入れ料理する。
小さい頃から料理が大好き。「喜んでもらえたらうれしい」と思い、料理と向き合ってきた。幼稚園時代、自分より小さい子どもがアレルギーで苦しむ姿を見て衝撃を受けた。長男の友達がアレルギーで、「この子と一緒に食べられるごはんを」という願いがmami cocoの原点だ。「家族が一緒に囲める食卓、元気になる食事を提供したい」と頑張っている。

安心安全な食材 調理法にも工夫

mami cocoの屋号で、イベントで料理を提供したり、弁当の注文を受けて配達したりする坂寄真美子さん。屋号は自身の名前が由来で、cocoは心、この場所、ここにいることに感謝、ありがとう―といった気持ちを融合させたという。
こうじ料理、こだわり調味料、米粉―。安心安全な食材、旬の恵みを生かし、心と体を大切にする料理を心がける。ご飯は土鍋で炊くなど、調理法も工夫する。
「土鍋で炊くとふっくらしておいしい。昔ながらの調理の仕方は、愛情が込められる気がする」。10日には、安曇野市豊科の高山(こうさん)寺で開かれる「谷口たかひさお話会withマルシェ」で、ランチシェフを務める。
栃木県出身。子どもの頃から料理が大好きで、よく母の手伝いをしていた。小学生になると、「働いている母が帰ってきたとき喜んでもらいたい」と夕飯を作るようになった。
まだ食物アレルギーへの認知度が低かった幼稚園の頃、自分より小さい子が食べられないものが多く、同じ食事ができないことに衝撃を受けた。「喜んでもらいたい」「一緒の食卓で同じ料理を食べたい」。そんな気持ちが、料理に取り組む核となった。
高校で進路を決める際、保育か料理かで迷ったが、保育士の道を選んだ。社会人となり勤務した幼稚園は大規模で給食室がなく、昼食は外注。アレルギーのある子どもは弁当を持参していた。「胸が痛かった。隣の子どもと同じように食べられる物を出すと、すごく喜んだ姿が忘れられない。声には出さないが、『みんなと一緒に同じものを食べたい』という願いを抱えていたと思う」と振り返る。
長男の真滉(まひろ)さん(15)の親友もアレルギーだった。「みんなで一緒に」という気持ちがますます強くなった。

生きる楽しさ知ってほしい

2020年、真滉さんの不登校をきっかけに、観光で訪れたことがあった安曇野市へ移住。それまで住んでいた宇都宮市の家は、「ここでやるべきことはやった」と売却した。
「人生にはいろいろな選択肢があることを、子どもに知ってほしかった。『生きるって楽しいじゃん』ということを家族で一緒に経験したかった。本当はこう生きたいということを思い出して、チャレンジしてほしかった」と話す。
心や体が不調だと、食が細くなりがちだが、真滉さんはそうではなかった。ご飯やおやつを一緒に作ったこともある。「息子に味見してもらうと参考になる。料理が好きなのかな」。この春、高校1年生になった。
食の仕事に力を入れるため、保育士のパートを週4回から1~2回に減らした。弁当などを調理するときは、好みや予算の他、アレルギーにできるだけ細かく対応する。「子どもとママが、家族が幸せになれる食卓、食事を作っていきたい」とほほ笑む。
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