
松本山雅FCの運営会社で9年余り社長を務めた神田文之さん(48)が4月で退社した。2012年に入社し、15年に社長に就任。24年に退任後は取締役を務めていた。最後の株主総会を終えた後、報道陣の取材に答え、「今後は外部から山雅の成長に貢献したい」と語った。
横関・小澤体制でさらなる成長を
―取締役を退くだけでなく退社する。
「14年間クラブの成長に尽くし、一定程度やり切った感覚がある。ただ、終わりではなく、経営者とは違う立場で山雅を支援したいと思い、資本関係がなくサンプロアルウィンの指定管理者でもあるTOYBOXの常務になった。山雅に残れば『隠れている』と言われるかもしれず、天下りに見られるような組織に行くのもよくないと考えた」
―山雅への支援とは?
「経営規模を1.5倍から2倍にしないとJリーグで生き残れないという見通しがある中で、クラブの中だけで事業を起こしても限界がある。在任中に部活動の地域展開事業を手がけたが、外から山雅を生かすビジネスはもっとできる」
―山雅の魅力と目指したクラブづくりは。
「親会社がない資本構成だったり、応援する方との関係性だったり、Jリーグで唯一無二の魅力がある。『おらが町の市民クラブ』という応援のしがいがなければ、あのゴール裏の熱量は生まれない」
「入社して組織をつくることから始めた。物販やチケット販売、営業や総務、経理、コンプライアンスやガバナンスなど、会社として間違いなく成長した。ベースとなるものはつくれたのではないか。ずっと右肩上がりにするのが理想だったが、率直に難しかった」
―後任だった小澤修一さん(46)は新たに代表取締役チーフリレーションズオフィサー(CRO)に転じ、経営トップには電通出身の横関浩一さん(46)が代表取締役最高経営責任者(CEO)に就いた。2人とも自身と同様に山雅でプレーした経験がある。
「サッカーとは違うところで経験を積んだ人間が、戻ることの強みはあると思う。応援のありがたみや、このクラブの可能性を客観的に感じられる。横関CEOもそれを感じて来てくれたと思う。違う畑で経験したことを、山雅で発揮しようと実直に努力する姿を見て、横関・小澤体制でさらなる成長に向かってほしいと、日に日に感じるようになった」
―山雅での一番の思い出は?
「やはり2018年の最終戦、J2優勝が決まった瞬間だ。アディショナルタイムが終わるまでの緊迫感と解放感。あの感動を超えていってほしい」
地域との未来考えたい
「100年会議」初開催 5月14日安曇野
松本山雅FCの運営会社と山雅後援会が共催し、クラブ幹部と地域住民がじかに話し合う場が立ち上げられる。「山雅100年会議」と題し、5月14日に安曇野市で初開催。以降月1回のペースで各地を回る。
クラブ側の発信が主になる「サポーターズミーティング」と異なり、地域と山雅の関わり方や、山雅を介した地域課題の解決法を探る。
外部との連携を担うCROとなった小澤修一代表取締役が、「地域のリアルな課題は住んでいる方が知っている。山雅との未来を一緒に考えたい」と発案した。
ファン・サポーターでなくても、山雅との街づくりに関心があれば参加できる。14日は午後6時から豊科公民館で。問い合わせは山雅後援会TEL0263・39・6031