「街づくり直接携わりたい」新聞記者から塩尻の協力隊員に 神戸出身・橘高声さん

街づくりのプレーヤーになりたい―。橘高声(きったか・ちか)さん(26)はそう思い、新聞記者から塩尻市の地域おこし協力隊員に転身した。4月、中心市街地への思いをつなげるコーディネーター役として、活動し始めた。

住民〟の立場で思いつなげる

神戸市出身。「みんなが生きやすい、暮らしやすい社会」に関心があり、奈良県立大で公共政策を学んだ。就職は「社会課題を見つける役割を担える」と、兵庫県の地方紙・神戸新聞社に。それから4年、記者を辞めて縁もゆかりもない信州に移住してきた。
「取材は好きだった」という。相手の話が脱線気味になっても、じっくり聞いた。ただ、面白さの一方で、もどかしさも感じた。「結局、ひとごとになる」。関わるのは取材の時だけで、「(記者は)お客さん」という居心地の悪さを感じていた。
昨年2月、赤穂市の担当になり、同市に住み始めた。地域を何とか盛り上げようという人たちを取材すると、一住民として「入り込みたい」と感じた。「街づくりに携わりたい」と思いを募らせていた昨夏、たまたまインターネットで塩尻市の地域おこし協力隊の求人を見つけた。「地元の人の思いや挑戦したいことを互いにつなげる」といった仕事だった。「自分にもできる」。塩尻という場所は知らなかったが、応募を即決した。

“関わり”実感にやりがい

着任後は市の第三セクター「しおじり街元気カンパニー」が拠点に。大門地区の関係者から街づくりについての聞き取りを始めた。これまで10人以上に会って感じたのは、率直さと多様さ。街の歴史や再活性化の意欲を熱く語る人がいる一方で、空洞化を諦め気味の人もいる。ネガティブなことでも話してもらえるのは、外から来た自分の強みだ。「みんな自分のことに精いっぱいで、目の前の店の人と話さないという事業主もいる。やりとりの伝書バトみたい」と笑う。
塩尻にポテンシャルは感じるという。昨年9月に面接のために初めて塩尻駅に降り立ち、「赤穂より人が多い」と驚いた。だが中心街に来ると閑散としていた。観光客を導く動線が分かりにくいと思ったという。
「地元の思いを束ね、一体感を持ってできることを探っていきたい。人のため、地域のために、一歩を踏み出す背中を押せれば。塩尻が知られていない地域にも、名前が伝わるようにしたい」。街づくりに直接関わっている実感に、やりがいを感じている。