
世界中で愛されている熊の縫いぐるみ「テディベア」。安曇野市の井口美保さん(穂高有明)は、自身のブランド「アイザックベル」を持つテディベア作家だ。オリジナル作品を生み出し、自宅と東京で講師を務める。
初めてテディベアの縫いぐるみを買ったのは1992年。動物が好きだったことに加え、当時「ブームだった」からだ。同年、伊豆テディベアミュージアム(静岡県伊東市)を訪ね、衝撃を受けた。「米国の作家のテディベアが並んでいた。個人で作れることを初めて知った」
すぐに作家への道を進み始めた。作り方を学ぶ講座を受講し、講師の資格を取得。コンクールで入賞し、自分の店を開いた。半生を共に歩んだテディベアの魅力とは何だろうか。
いい素材で長く愛される物を
親子の白熊「ポーラーベア」、生徒が最初に作る「アンディ」、長毛の「マシュー」。いずれもテディベア作家の井口美保さんが、型紙からおこしたテディベアだ。他に犬などオリジナルの縫いぐるみは300種以上ある。
素材はアンゴラヤギ、アルパカ、ウール(羊毛)が中心。「日焼けだけ気を付ければ、いい素材を使うと100年持つ」と井口さん。「安心安全、そしてかわいいがポリシー」と話すように、柔らかな手触り、愛くるしい表情が印象的だ。見ても触れても癒やされる。
井口さんは東京都出身。百貨店でテディベア展が開かれるなどブームだった1992年、初めてテディベアを手に入れた。ドイツの縫いぐるみブランド「シュタイフ」の作品だった。
当初は「買うもの」と思っていたが、伊豆テディベアミュージアムを訪れたことが転機となった。「テディベア作家が存在する」「自分も作ってみたい」―。フリーアナウンサーとしていろいろな仕事をこなす傍ら、早速講座を受けることにした。
講師の資格を取り、教室で教える立場になった。一方でコンクールにも挑戦。絵本「サンタクロースっているんでしょうか?」を題材にした作品で97年、東急テディベアフェスティバルの金賞を受賞。翌年日本テディベアコンペティションでも金賞を受けるなど、作家として活動の幅を広げた。
99年、東京にショップ「アトリエアイザックベル」をオープン。店の運営を軌道に乗せるため、作家活動は制限されたが、教室は開き続けた。
2018年、「以前から住みたかった」と30年ほど前に建てていた安曇野市の家に夫と共に移り住み、教室を始めた。20年続けたショップは閉店したが、自宅にはオリジナル作品やショップの商品などが並び、ギャラリーのようだ。
「目や耳を付ける位置、鼻の刺しゅうの仕方で年齢、性別、キャラクター(性格)まで表現できる」という。同じ型紙で作っても仕上がりは十人十色。作り手の個性が現れる。
工房やギャラリー、カフェなどを回り、作り手との交流を楽しむイベント「安曇野スタイル」には、19年から参加。自宅を開放し、自身や生徒の作品を並べて客を迎える。
「テディベアの〝オタク〟なんです」と笑う井口さん。自身のアイデアを形にした作品だけでなく、「ウエディングベアを作りたい」「パディントンみたいなベアを作って友人にプレゼントしたい」といったリクエストにも応える。新たな型紙から作ることもある。
「いい素材で、ゆっくり丁寧に制作。長く愛せる物を」をモットーに、その魅力を発信する。
自宅の教室は第3か第4の水・日曜日、午前10時半、午後1時半の2回で、それぞれ2時間。問い合わせは井口さん(TEL080・5530・4701、メールisaacbell.teddybear@gmail.com)
【テディベア】 熊の縫いぐるみ全般を指し、細かい定義はない。日本テディベア協会のホームページによると、「テディ」は米国第26代大統領セオドア・ルーズベルトの愛称。彼は狩りで瀕死の熊に出くわした際、殺さずに助けた。 美談として新聞で報道され、それを見た菓子職人が熊の縫いぐるみを作りテディベアと名付けたという。同じ頃、ドイツのシュタイフ社が博覧会に熊の縫いぐるみを出品。バイヤーの目にとまり、米国で大ブームに。これもテディベアと呼ばれた。