[創商見聞] No.119 理容室 イデトコヤ

マンガとワンセット

【いで・こうじ】48歳。長野市平林出身。長野理容美容専門学校理容科卒。2025年12月創業。   

理容室 イデトコヤ

松本市大手5ー3-5 ☎090-4390-2798

―食べていける仕事
 長野市で生まれました。実家が床屋で、いろいろ大変でした。幼少期の心境を正直に話すと〝床屋ってイヤ〟でしたね。平日夜のタオル干しから始まり、土日になればどこかに出かけるわけでもなく、切り髪の床掃除など、日々店を手伝うばかり。小さい頃は理容師になりたいとは全く思いませんでした。
 理容師は「絶対やらない」って高校時代も考えていた。「東京に出て一発当ててやるぞ」って意気込んで、八王子市にある専門学校でCGデザインなどを学んで、グラフィック関連の仕事をしたかったのですが、就職できなかったのです。
 「就職できない」=「食っていけない」となり、どうするか悩みました。父から条件付きですが、「専門学校は2年間だったし、4年間大学に行く感覚で、もう2年勉強してみたら」と話をもらいました。
 その時の「条件」が理美容学校でした。父は8人兄弟の末っ子です。8男坊として身一つで、相当苦労して生きてきたと思います。
 「手に職」=「食べていける仕事」=「床屋」として、身をもって生きてきたからこそ、勧めてきた条件だと思います。資格を持ち20年以上になりますが、「食べていけた」ことは確かでした。
 長野市の理美容学校で資格を取得しました。相模原市の橋本駅近くの店で働き、その後、東京の中野区で店を出して10年以上営みました。
―出会いからの移住
 40歳を過ぎても結婚しませんでした。特に強い気持ちがあったわけでも、仕事が恋人というわけでもなかったのですが、縁がなかった感じです。
 母親からは心配されました。毎年謎のお札などが送られてきました。「諦めて」と伝えたこともありましたが、弟の同級生に拾ってもらえました。
 妻は弟のクラスメートで、たまたま東京で食事する機会があって出会いました。その後、何度か会うようになりました。妻は美容師で、松本で店を構えていたので、松本を訪れるようになりました。長野とは違う松本の文化は、とても新鮮で興味深かったです。
 地元のサロン関係者だけでなく、飲食店の方たちなど、地域の方々との交遊がどんどん深くなるうちに、松本に住みたいと感じるようになりました。23年3月に結婚、松本で暮らし始めました。


―ひずみなく創業
 妻は現在も大手5に「ニチカ」というサロンを構えています。たぶん店を自分が手伝う形にすることも、できたかもしれません。でも、できませんでした。
 理容師と美容師は、やはり違うのです。髪を洗うくらいのサポートはできても、妻のカラーリングやパーマの手際の良さを見ていると、自分ではサポートにならないと感じました。
 自分だって20年以上理容師としてやってきたわけだし、何よりお互い〝1人店舗〟。染み込んだ時間軸やスタイルがあるので、一緒に居ても妻を困らせちゃうだけで、ひずみが起きる可能性が高いと感じました。
 また、移住して地元の方々と親交を深めるなかで、店の周辺に飲食店など多くの店がオープンしていく経過も見てきました。ここ2、3年で10軒ほど新店ができていると思います。多くが40代で、自分と同じ年代でした。妻とも話し、創業を考え、松本商工会議所に相談に行きました。
 融資制度や創業計画書の書き方などをガイドしてもらいました。県中小企業融資制度 信州創生推進資金(創業支援向け)を活用できるようにしてもらい、24年12月に「イデトコヤ」をオープンしました。


―プライベートな空間を
 東京も松本も同じだと思うのですが、床屋さんってお客さんとの関係性が深く根付いている印象があります。最初から大きな店を出しても、後発では難しいとも感じていました。
 だから、カット台とシャンプー台が各1台あるスペースで、プライベートな空間を提供できたらと考えました。元々1人で始めるので、妻の店の一部を少し増築するような形で店づくりをしました。
 また、中野の店と同様に、マンガをたくさん置くことにしました。子どもの頃、父の店でも感じていたことで、床屋とマンガってワンセット感がある。だから今の店も、多くのマンガを壁面に整列させています。
 子どもの声かけが主ですが、「今日どれくらい切る?」より「今日は何読む?」からスタートしています。予約制なので待ち時間は基本ないのですが、〝マンガタイム〟をつくっています。
 「ここのお店で『怪獣8号』を読破できてうれしい」と言ってくれた子がいました。さまつな事かもしれませんが、案外子どもの思い出に残る。〝マンガタイム〟は大切にしているサービスです。
 オープンして約1年半経過して、損益としては、まだまだ努力が必要です。しかし、インバウンド効果なのか、外国の方が記念感覚で髪を切りに来てくれたり、妻の店からシェービングを頼まれたりと、東京でやっていた店とは違う傾向で売り上げが上がっています。これからもっと工夫していきたいです。
 1人店舗でマイペースですが、一人一人のお客さんを大切に、丁寧に続けていくつもりです。
   (聞き書き・田中信太郎)