
明治時代、松本に初めて電気が灯されたことを記念する石碑や、著名人の書などを所有する松本市の四柱(よはしら)神社(大手3)に、また一つ著名な書家の扁額(へんがく)が加わった。6月18日、安曇野市豊科南穂高の会社相談役・柳澤克久さん(72)が奉納した。
書家は松本で後年を過ごした秋山白巌(はくがん・1865~1954年)で、書かれた文字は「遊神」。
白巌は幕末の江戸で生まれた。20代前半、清国で著名な書家たちに師事。5年を過ごして帰国し、東京で書学院を創立。1914(大正3)年、松本に移り住んだ。深志神社の教育勅語碑や、中信各地に数百本残る、のぼり旗の揮ごうでも知られる。
四柱神社宮司の宮坂信廣さん(72)は「額に書かれた文字には、『心を世俗の煩わしさから解き放ち、伸びやかに楽しませる』という意味があるようだ。神社にふさわしい」と喜ぶ。
柳澤さんと同神社は、20年近く前からの縁。当時、柳澤さんが社長を務めていた会社が、長野市にあった同社の守り神を山形村の本社敷地内に移す際、神事を頼んだのがきっかけだ。
柳澤さんは過去にも、県歌「信濃の国」の作詞者・浅井洌の書などを奉納している。「多くの人が参拝する四柱神社が所有していてくれれば、松本平の文化として後世に残る。参集殿に飾られるので、参拝の際に見せてもらって」と話す。