
「人に喜んでもらえるっていいね。自分でできるとうれしい」
脳卒中を患い右半身が不自由な神尾淳さん(48)が、左手で入れたコーヒー。「うまかったよ」「また入れてね」。神尾さんが利用する就労継続支援B型事業所「ステップいけだ」(池田町中鵜)のスタッフや利用者仲間が、その味に表情を緩めた。
神尾さんが入れたコーヒーは、ティーバッグのように湯に浸し手軽に抽出できるタイプ。自家焙煎(ばいせん)コーヒー豆販売店「会染焙煎工房」(同町会染)の商品だ。店主の神田秀樹さん(42)は「ハンディの有無にかかわらずコーヒーを入れて楽しみ、誰かの役に立つことが生きる力になれば」と話す。豆販売の傍ら、コーヒーを通じた壁のない地域づくりを進めたいと意欲的だ。
コーヒーを福祉との懸け橋に 「できる」喜び感じてほしい
コーヒーの粉が入ったひも付きの袋「ディップコーヒーバッグ」で、手軽に本格的なコーヒーが入れられる。カップに入れて少量の湯で蒸らし、追加した湯の中で袋を20回ほど上下に揺らして3分待つと出来上がり。特別な器具は不要で、通常のドリップが苦手な人でも入れられる。
池田町の会染焙煎工房は、体にハンディのある人や高齢者らにも、自分で入れる楽しみ、誰かに入れてあげる喜びを感じてほしいと、この品を紹介して入れ方を教える。神尾淳さんはこの日が2回目。店主の神田秀樹さんと一緒に蒸らしや浸し時間の目安を「深呼吸3回」「『故郷(ふるさと)』の歌」などと覚えて実践した。
「お見事、ばっちりです!」と、神田さんから太鼓判を押してもらった神尾さん。就労継続支援B型事業所「ステップいけだ」のスタッフや仲間からは「これからは『マスター、いつものやつ』ってお願いできるね」と声がかかった。「家ではぜひ奥さんに入れてあげてください」と神田さん。できる事が増え、感謝され、目を輝かせる神尾さんをうれしそうに見つめた。
同店では、買い物袋に使う「新聞紙バッグ」の製作を、同事業所に発注している。また、店の商品包装などの仕事を、地域の他の福祉事業所へ依頼する予定もある。傷んだ豆は味や風味を損なうためえり分けるが、障がいがある人の創作や生産活動、交流を支援する「いけだ地域活動支援センターくわの木」(同町池田)は、この豆を有効活用した香り袋を作り販売している。
福祉との連携を積極的に進める姿勢で、来店客らと地域の福祉の現場をつなぐことにもなる。神田さんは「コーヒーを福祉との懸け橋にしたい。地域の潤滑剤になれたら」と意義を語った。
言語聴覚士と二足のわらじ
神田さんは新潟県出身。就職で安曇野市に移り、長年、医療現場で言語聴覚士として働いてきた。
自宅のある池田町に店を開いたのが2023年秋。ものづくりが好きで、豆の焙煎に好奇心を覚えた。また、言葉が出にくい人同士の茶話会の様子を見ていて、「立場の壁を取り払い、フラットにコミュニケーションを取るツールにコーヒーを使えたら」と感じたからだ。 現在はコーヒーの仕事を主に、言語聴覚士として訪問看護ステーションでも働く「二足のわらじ」だ。
福祉施設利用者の中には、投薬などの事情でコーヒーが飲めなくても、豆の香りにうっとりする人もいた。コーヒーの間口は広い。神田さんは「飲む、飲まないを問わず、コーヒーを通じて地域のいろんな人がつながり、何かの原動力になっていけば」と話す。
飲み込みに不安のある人向けにジュレ状コーヒーの提供なども視野に入れ、ドリンクを出すキッチントレーラーの導入準備も進めている。豆の栽培にも興味があり、「体が不自由な人が働く場にできたら」。コーヒーの可能性を信じて、明るく夢を語る。
店の情報はインスタグラムから。