擬洋風の流れくむ貴重な近代建築「松門文庫」保存の道を 有志の会と信大が見学会

「蚕都」だった松本の歴史の一端を伝える松門文庫(松本市浅間温泉2)の見学会が6、7月に行われ、2日間で計約40人が建物内部を見学した。参加者は、旧開智学校校舎(国宝)の擬洋風建築の流れをくむ特色ある近代和風建築に見入った。
同文庫の保存・活用に向け活動する「松門文庫をひらく会」と、信州大人文学部「学び合いの場」プロジェクトが初めて企画。2回目の7月26日は、同会共同代表の征矢ひろみさん、米山文香さん、信大の金井直教授の3人が、建物の外観や内部(1、2階)を案内した。
1919(大正8)年の建築で、外壁は旧開智学校と同様のしっくい仕上げ。玄関ポーチ柱はセメントに石の粒を混ぜ込んで塗ったものを研ぎだした仕上げで、「きれいな(仕上げの)左官仕事」がうかがえる。
ポーチの屋根は、県内では他に見られないという銅板のうろこ葺きだ。1階の窓は縦長の上げ下げで洋風、2階は横長の引き違い窓で和風の趣も兼ね備える。「擬洋風建築は明治20(1887)年ころには廃れたが、地元の大工さんが自分の技術を駆使して造った貴重な建物」(米山さん)としている。
見学の後は、建物をどう生かしていくかなどについて話し合う、おしゃべり会を行った。5年前に横浜市から浅間温泉に移住し、4年前に同建物の片付けに参加した林信孝さん(72)は「大変片付いていて驚いたが、(一般に)公開するとなると耐震が問題」と指摘。他に、「生糸(蚕糸)関係の展示場所に」「個人の所有だが、財団をつくって管理したら…」などの意見が出た。
保存には資金面が大きな課題となる。金井さんは「建物自体の劣化が進んでいる。市民運動がコアになって保存に向けたムードづくりができればいい」。征矢さんは「建築的、歴史的、文化的に価値がある建物を将来に残すために、力を貸してくれる人を増やしたい」と、活動への協力を呼びかけた。

建築者は二木洵 父の功績たたえ

浅間温泉と蚕種との関わりを今日に伝える松門文庫。「ひらく会」によると、二木洵が建てた。自由民権運動の指導的な役割を果たし、衆議院議員も務めた窪田畔夫の次男で、養蚕家に蚕の卵を売る蚕種製造業「たまりや」を営む二木秀一の養子となった。
蚕種の製造で全国に知られるようになったたまりやの家督を相続した二木洵は、養蚕研究所を持ち、品質の安定した良い繭を生産できる蚕種を開発した。松門文庫は実父の功績を顕彰し、祖父の代から集めた本や絵を一般に公開するための私設図書館で、たまりやの旧敷地に立つ。「松門」は窪田の雅号だ。