
「ワン、ツー、ワン、ツー」「フック!」「アッパー!」。ボクシングのグローブをはめ、掛け声や力強い音楽に合わせ、体を動かす人たちがいる。
ここは、ボクシングジムでもフィットネススタジオでもない。7月中旬、松本市島立公民館の一室で行われていたのは、「ロックステディボクシング(RSB)」。パーキンソン病の人たちのためのボクシングセラピープログラムだ。
意外な組み合わせに思えるが、運動機能の改善やバランス感覚の向上、反射神経の強化などの効果が認められる。慢性的な神経炎症を減らし、パーキンソン病の進行を遅らせる可能性もあるという。
患者とその家族12人が生き生きとした顔で体を動かしていた会場で、「RSB長野」の代表、椎大亮さん(55、長野市)に話を聞いた。
同じ境遇 楽しく励まし合う場
長野市の病院で、在宅リハビリなどを担っていた理学療法士の椎大亮さん。パーキンソン病患者と関わる頃には、病状が進行しているケースが多かった。診断された早い段階での運動とその継続が大切だが、「自分で運動を」と言われても、どうすれば良いか分からない人が多い。「ならば早い段階で運動する場をつくろう」と考えたという。
患者の集まりにボランティアで出向いて運動の大切さを伝え、簡単な運動を指導していたとき、参加者の一人から「アメリカでパーキンソン病に特化したボクシングプログラムがあるらしい」と教えらえた。
ロックステディボクシング(RSB)は2006年、米国でパーキンソン病と診断された男性が、体を動かすために始めたボクシングで症状が改善したことを機に誕生した。
椎さん自身も格闘技の経験があり、「普通の運動では単調になるが、ボクシングなら楽しく運動できるのでは」と考えた。2020年にRSB認定ヘッドコーチの資格を取得し「RSB長野」を長野市で発足。遠距離の移動が難しい人もいるため、県内4地区でそれぞれ月2回、エクササイズの場を設けている。
参加者はグローブをはめ、基本的な動きを教わってから、椎さんらスタッフが構えるミットを力強く打つ。頭を下げてミットを避ける。皆夢中になって体を動かした。
開始当初から来ているという松本市の斉藤正恵さん(66)は「ストレス解消になる。新しく来た人が、元気になって笑顔で帰っていくのを見るとうれしい」と話す。
プログラムには、棒を使ったストレッチや音楽に合わせてステップを踏むダンスなど、ボクシング以外の運動も取り入れている。「膝が曲がってきやすい」「股関節が硬くなりやすい」など、リハビリ中の患者と関わっているからこそ分かる、不調を起こしやすい部分の指導もする。
椎さんは「楽しく継続して運動することはもちろん、当事者同士が集まるコミュニティーができ、一緒に楽しんだり励まし合ったり、情報交換をする広がりが生まれてきた」と手応えを感じている。
多くの人に知ってもらいたい、活動を広めたい、との思いが強まる一方で、課題もある。一番の悩みが場所の確保。体温調節が難しい人もいるため、空調設備の他、運動できる広さや駐車場がある会場が必須。だが、各地区で定期的に確保することが難しいという。
椎さんは「病気になっても一人じゃない。何もできないのではなく、できる事があると体験してほしい。介助する人も体力が必要だし、ストレス発散にもなるので、家族一緒に参加して」と話している。
椎さん090・2642・4127。参加者が生き生きと活動する様子はインスタグラムで見られる。
【パーキンソン病】 厚生労働省の指定難病。脳の情報伝達を担うドーパミンを出す神経細胞が減り、震えや運動機能低下のほか、気分障害や睡眠障害などが起きることもある。主に50歳以上で発症する。