大雪崩の跡に目覚め―涸沢ヒュッテ小屋開け作業

目を疑う規模「半世紀以上記憶にない」 

春山シーズンが開幕した北アルプス穂高連峰・涸沢カール。標高2300メートルにある山小屋「涸沢ヒュッテ」は、4月27日に今季の営業を始めた。昨秋に閉じた小屋を開ける作業は同17日から、上高地からヘリコプターで入山した従業員ら23人によって行われた。3日間滞在し、小屋開けの様子と周辺で発生した大雪崩の痕跡を撮影した。

【目を疑う大雪崩の跡】上高地を飛び立ったヘリコプターが、前穂高岳北尾根のコル(鞍部(あんぶ))を越えた瞬間、眼前に日本一広大な氷河圏谷(カール)が広がる。そこにあったのは大規模な雪崩の跡。北穂沢からの大きな流れがテント場を覆い、枝分かれした支流は「涸沢の池」方面へ。本流は涸沢下部の通称「Sガレ」から本谷出合へ約3キロも延びている。目を疑う光景だ。
氷河が運んだ堆積物・モレーンの高台にある涸沢ヒュッテから北穂高岳(3106メートル)を見上げると、北穂沢最上部の雪崩の発生地点がはっきり見えた。3月後半から4月始めにかけて度重なった南岸低気圧の影響か?同ヒュッテの山口孝会長(76)は「半世紀以上見てきたが、これほど大規模な雪崩は記憶にない」と驚いた。
氷点下3度の18、19日朝、雪崩のデブリ(雪塊)の中を撮影した。高さ5メートル近い雪の断崖があるなど、雪崩の巨大さが分かる。異様な雰囲気のデブリの中から、小屋の上ではためく吹き流しを見上げ、同ヒュッテが雪崩の巣の中にあることを実感した。

【小屋開け作業は順調に】同ヒュッテ周辺はこの時期、例年5~6メートルの残雪があるが、今春は小屋の本館や新館などの赤い屋根の大部分が見えており、2メートルほど少ない。
17日午前10時前、新館2階の客室の窓から館内に入り点検。例年だと部屋の壁や天井に霜が付くなど、冷凍庫さながらの光景を目にするが、今年は全く見られなかった。
3台の大型除雪機が空輸され、カールにエンジン音が響く。「今年の雪は軟らかく、作業がはかどる」と山口浩一専務(46)。初日は発電室と従業員部屋、玄関を掘り出す。正午前、半年ぶりに館内に明かりがついた。
18日早朝から、男性従業員らが小屋の水槽と北穂沢の水源を結ぶ約400メートルのパイプを設置し、生活用水を確保。営業再開に向け、3人の女性従業員らによる館内の清掃なども本格化。生鮮食料品などの物資の搬入も無事に終わった。
「今年もコロナ以降の営業スタイルを継続する」と小林剛社長(60)。宿泊は完全予約制で、定員は140人に絞る。

【穂高の涸沢が私の職場】涸沢ヒュッテで働きたい-。今シーズン新たに従業員になった5人全員に思いを聞いた。
神谷佳織さん(23、埼玉県長瀞町)は「不安もあるが、早く仕事を覚えて戦力になりたい」。登山が大好きという田中周子さん(33、滋賀県長浜市)は「山小屋で働く夢がかなった」と喜ぶ。
長沢祐さん(34、埼玉県狭山市)は「日本を代表する絶景の中で働けて幸せ」。石川寛己さん(27、名古屋市)は「皆、優しく丁寧に仕事を教えてくれる。シーズンオフまで頑張る」。
菅沼良太郎さん(34、浜松市)は「険しくも美しい穂高の自然に元気をもらい、早く一人前に仕事ができるようになりたい」と目を輝かせた。