疑似体験で事故を防ぐ
便利な機具が突然、凶器に変わる-。どんな状況が危ないのか、仮想現実(VR)技術を使った体験ツールの活用が広まっている。5月は県が設けた農作業安全運動月間。
「マジ、怖い」「たっけー!(高い)」「痛い!」…。切迫した声を上げる子どもたち。だが、彼らはみんな屋内で椅子に座っている。場違いな発言の元は、頭に装着したゴーグルにある。
17日、東京都立園芸高校(世田谷区)で開かれた農作業事故防止の授業。座学の最後がVRの動画を使った事故の疑似体験だった。
ゴーグルを着けると、そこは作業現場。トラクターの運転席だったり、脚立の上だったり。上下左右見回しても違和感はない。
没入した世界で事故が起こる。トラクターの横転、脚立からの転落…。リアルな立体映像の展開に思わず身が固くなり、声が出る。
体験ツールは2020年にJA共済連と農研機構が開発した。共済金(保険金)が支払われた農業事故を分析し、よく起こる状況をモデル化、VR動画を作った。事故の怖さを実感し、対策に身を入れてもらう狙いだ。
のどかなイメージの農作業だが、事故が起こると深刻だ。就業者10万人当たりの死亡者は22年で11・1人。建設業の約2倍に上る。
長野県は犠牲者が多い。同年は12人で全国3番目、前年は15人で最多だった。今年も既に3人が亡くなった。
事故はなぜ起こるのか。県農村振興課によると、不注意が多い。「普段やっている作業、使い慣れている機具という思いが油断を招く」という。
そこで疑似体験だ。共済連はVRツールを全国で貸し出し、県内も昨年、前年の3倍の16件利用があった。
JA松本ハイランドは昨年10月の農機・自動車商談会でコーナーを設け、60~70人が体験した。「気をつけようと改めて思ったという感想が多かった」と共済部普及課。今後は事故防止研修会を企画し、新規就農者や学生も対象にしたいという。