
地域にオーガニック(有機栽培)を広めたい─と思い始めて幾星霜。義父の中村豊が50年以上、無農薬で稲作をしていた田んぼを引き継ぎ今年で8年になります。
塩尻市に移住してきた理由の一つが、くも膜下出血という大病を患ったことでもあり、目の前にオーガニックの田んぼと畑があったので、自然とそう思い始めました。
「田んぼや畑に除草剤を使わないでください」と、同市議会に陳情し、物笑いにされたのが7年前です。翌年、民主党政権時代に農林水産大臣を務めた山田正彦さんが、韓国視察の帰りに塩尻に寄ってくれました。そして言いました。「小太郎さん、ソウル市では学校給食の有機化から街全体がオーガニックになっていた。まず給食から始めよう」と。
そうか、その手があったか!翌年、最寄りの小学校に、オーガニックの新米を教育委員会経由で寄付しました。すると、その学校の管理栄養士から連絡がきました。「地産地消の教材にさせてもらうため、給食を一緒に食べに来てください」と。「ふれあい給食小太郎米の日」が実現したのです。
それから5年。「自然栽培コシヒカリ小太郎米」が塩尻市のふるさと納税返礼品に選ばれたり、自然栽培に挑戦する農家が増えたりしました。さらに、安全な農産物と食品を安心して食べることができる環境の実現を目指す「信州オーガニック議員連盟」のメンバーと一緒に「給食の有機化」を同市議会に請願し、採択されました。今回は物笑いにはされませんでした。
今秋、いよいよ同市内の3小学校で給食の有機化実験が始まります。時間がかかりましたが、これからも「子ども、ど真ん中」をモットーに、地域のオーガニックを進めます。