
松本市の国宝松本城近くに、琴や茶道など日本の伝統文化を体験できる教室「むくげ庵(あん)」(城東2)が開講した。主宰は、いろいろな免状を持つ矢澤直子さん(81)と小川桂(かつら)さん(55)母娘。外国人旅行者の受講が多く、「日本特有の文化に触れ、旅の意義が深まった」と好評だ。
講座は琴、書道、茶道、能楽、折り紙の5種。受講者は希望の講座を選び、各1時間、8畳の和室で座学と実践体験をする。実践は、例えば琴は初心者向けの曲を弾き、書道なら好きな文字一つを毛筆で書くなどする。
普段は小川さんが講師を務め、矢澤さんは時々茶道を教える。小川さんは「少しずつ受講者が増えているのに加え、開講後、母の表情が生き生きしていることが喜びです」と話す。
文化伝承の場が親子の活力に
「さあ、指にはめた爪で弦を弾いてみましょう」。日本の伝統文化を教える「むくげ庵」主宰者の小川桂さんが、英国人観光客のフィリップさん、デボラさんのモーンド夫妻に、琴の弾き方の基本を教えた。慣れたところで「さくらさくら」を連奏。小川さんが「二人とも初挑戦なのにとても上手」と褒めると、夫妻は相好を崩して喜んだ。
小川さんは琴が日本に根付いた歴史なども説明した。少しでも詳しく日本の文化を理解してもらうためだ。夫妻のような外国人とは英語で会話し、難しい内容を説明する時は自動翻訳機を使う。
夫妻はこれまで観光で数回来日していたが、今回は「日本の伝統文化に触れたい」と庵を訪れ、琴と書道を習った。フィリップさんは「短時間で琴を弾けるようになったのは驚き。琴の音は私の心の奥まで響きました」と感激して庵を後にした。
庵では1組最多5人の受講生を1日4組受け入れている。料金はいずれも材料費込みで、折り紙が1人千円、他は同2千円。周辺の旅館などに案内パンフレットを置いてもらい、誘客している。モーンド夫妻も投宿先で庵を知った。
小川さんは松本市出身。小学校時代に日本舞踊を習ったのを手始めに、能や書道、茶道を習得した。能は宝生流教授嘱託の免状を持ち、今も発表会で舞を披露している。
熱心な習いぶりは母親譲り。矢澤直子さんも幼少期からいろいろな習い事をした。特に茶道に精通し、長く自宅で茶道教室を開いていた。だが10年前に大病を患い、やむなく閉鎖。夫にも先立たれ、独り暮らしになった。
小川さんは大学卒業後、教員に。同じく教員の夫と共に札幌市内の学校で教えていたが、母親の面倒を見るため半年前、単身実家に戻った。最初は家事の毎日だったが、ある日、母が口にした一言が胸を刺した。「このまま死んじゃうのはいや。生きているうちにもっと人に茶道を伝えたい」
小川さんは振り返る。「生きがいを失った母を見て、再び教室を開こうと思いました。私も能の継承者をつくりたかったですし」。こうして6月、自宅に「むくげ庵」の看板を掲げた。名は矢澤さんが玄関先に植えた木槿(むくげ)の木から取った。
受講生の8割が外国人旅行者だが、「最近、近所の女性がここで能を受講し、『本格的に習おうかしら』と言ってくれました。とてもうれしかったです」。
喜びはそれだけではない。「開講して母の目に精気が戻ったんです」。孝行娘に矢澤さんは感謝する。「一時は生きる自信すら失いかけましたが、今は娘がそばにいるので安心。かつての私のように、はつらつと日本文化を教えている姿を見るのも楽しいです」
矢澤さんは体調のいい時に茶道の講師を務める。小川さんが「私もたまに母に茶道を教わりますが、相手が受講生の時と違い、私への指導は実に厳しい」と不満を漏らすと、矢澤さんは「それも私の生きがい」。母娘は互いを見ながら大笑いした。
火、木曜定休。問い合わせはメール(mukugean08@gmail.com)で。