小澤征爾さん愛したそば店 親子3人つなぐ松本の「かどや」

松本市の浅間温泉に、昨年2月に亡くなった指揮者の小澤征爾さんが生前足しげく通った、手打ちそばの店がある。滝澤啓二さん(80)、征矢子(80)さん夫婦と一人娘の美果さん(52)の親子3人が切り盛りしてきた「かどや」(浅間温泉3)だ。
店は温泉街の外れ、住宅街の一角にある。椅子とテーブル、畳の小上がりの全20席。小澤さんは店に顔を出すと、夫婦に「また来たよ」と気さくに声をかけ、いつもの席でそばをすすったという。
1年前、美果さんが店を継いだ。県産そば粉で打った香り高いそばを出す。品書きこそざるそばや季節の野菜天ぷらなど多くはないが、どれも小澤さんが愛した味を継承した。
週末は行列ができるほどの人気店だが、3人のここまでの道は決して平たんではなかった。

ふらりと現れ「うまかった」

「又来たぜうまいぜ」。そば好きで知られた小澤征爾さんが「かどや」に贈った色紙の文言。同店のそばへのほれ込みようが分かる。
長年店を守ってきた滝澤啓二さん、征矢子さん夫婦は「確か1999年ごろと記憶しますが、最初はジャーナリストの筑紫哲也さん(故人)と2人でお見えになりました。小さな店で特に宣伝もしていなかったので、『どうしてうちに?』と驚きました」と振り返る。
以来小澤さんは毎年「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」(現セイジ・オザワ松本フェスティバル)で松本滞在中、ふらりと店に現れた。「隅の椅子が指定席。いつも天ざるを注文し、食べ終わると笑顔で『うまかった。ありがとう』。励みになりました」
舌鼓の後は夫婦と世間話に興じた。音楽には一切触れなかった。無言でテレビに見入ることもあった。「多い時は2日に1回の来店。音楽から離れ、リラックスする時間をここで見つけたのではないでしょうか」
初代店主は征矢子さん。市内の高校を卒業後、老舗そば店で3年修業した。「女のそば職人は珍しく、両親は反対でしたが、他の人と違うことをしたくて意志を貫きました」
66(昭和41)年、生まれ育った浅間温泉に小さな店を構えたが、しばらくは閑古鳥が鳴いた。「辛抱して夜遅くまで開けていると、だんだんお客さんが通ってくれ始め、やっていく自信がつきました」
啓二さんと24歳で結婚した。会社員だった啓二さんは、美果さんの誕生を機に退社し、そばを打ち始めた。程なくそば通が知る店に。その一人が小澤さんだった。

両親の味を受け継いで再開

順風だった2014年、啓二さんが大病に襲われる。幸い健康を取り戻したが、2年後やむなく店を閉じた。人づてに小澤さんが「最近『かどや』がやってないけど、どうしたのかな」と心配していることも知った。
すると美果さんが言い出した。「勤め先を辞め、私が店を継ぐ」。苦労を知る征矢子さんに特に強く反対されたが、押し切った。美果さんは言う。「私は父がとんとんとそばを切る音を聞いて育ちました。その音が絶えるのが残念で仕方なかったのです」
つゆは受け継いだが、その日にどれだけの水をそば粉に加え、練り込むかは自分の指で覚えるしかなかった。厨房(ちゅうぼう)に独りこもる日が続いた。
再びのれんが下がったのは1年前。「最初は自信がなく、どのお客さんにも『そばの味はいかがでしたか』と聞きました」。今では問わずとも「おいしかった」と褒められ、両親にも「すっかり『かどや』の味になった」と認められた。
美果さんは「SNSの発信で若いお客さんも増えました。もちろん以前からの常連さんも大歓迎です」。
地元の老舗旅館「目の湯」主人の中野純一さん(75)も、同店と小澤さんの長年のファン。「小澤さんはうちの風呂にもよく入りに来て、居合わせたお客さんと気さくに談笑していましたよ」。滝澤さん一家と思い出話に花が咲くという。
「かどや」は木~日曜(午前11時~午後2時半)営業で、平日そば30食、土日曜同60食が売り切れ次第閉店。都合で天ぷらがない日もある。TEL0263・46・1353