【特集・馬と人~ともに歩んで~】馬術―生命の鼓動共に感じて

所有馬と触れ合い成長―創部54年・信州大馬術部28人

馬と向き合い技術磨く

創部54年を迎える信州大馬術部(松本市旭3)。部員数は28人で、4頭の馬を所有。1日も欠かすことのない世話を通じ、馬とのコミュニケーションを育みながら馬術の技術習得と向上に励んでいる。加えて授業にアルバイトにと忙しい学生生活の中、全国大会出場と究極の目標「人馬一体」を目指して全身全霊で命と向き合っている。 昨年11月中旬。所有馬を預けている乗馬施設、ホースランド安曇野(安曇野市豊科南穂高)。早朝5時半、気温は3度。まだ真っ暗な中、部員らが次々と集まってきた。
雪月、マレンゴ、シュネーベルク、スノーステラという個性豊かな4頭が入る馬房。部員は馬房の掃除、馬に装具を着ける馬装を終え、空が白み始めた頃、馬場に入って騎乗。基本的な乗馬技術の常歩、速歩、駈歩で馬場を駆ける。手綱の持ち方、騎乗姿勢、馬への指示の出し方など、指導者から細かい指示が飛ぶ。他の部員も、じっとその様子を見つめ、動画を撮りながら、指導者の言葉を聞き逃さないように集中力を高めた。

馬術競技には、馬場の中を決められたコースで正確に優雅に歩く「馬場馬術」、十数個の障害物を跳び越える「障害馬術」、この2種目にクロスカントリー走行を加えた「総合馬術」がある。それぞれレベル別に出場でき、同部は、「馬場」と「障害」に取り組んでいる。
馬に触れるのも初めてという部員がほとんどの中、まずは1人で騎乗できること、人間の上下関係なども理解する賢い馬をコントロールして走れること、この二つが競技に出場できる第1関門だ。
昨秋10月の全日本学生馬術大会(兵庫県三木市)に初出場した西川広海さん(21、経法学部)。愛着を持って世話をした大好きな雪月と、障害を跳びたいと強く思ったという。しかし本番では、障害物の手前で2度止まり失権となった。「臆病な馬。私の言うことを聞いて、一緒に跳ぼうという気持ちにさせるのがなかなか難しかった」と言うが、今後への手応えをつかんだ。
岩﨑凛さん(22、農学部)は12月、全日本学生馬術女子選手権大会(福岡県)に初出場。同大会は貸与馬で競技をするため、騎乗する馬とは本番で初対面。それを操る難しさがあり「どんな馬、どんな状況でも対応できるよう準備した」と振り返った。

「貴族のたしなみ」として欧州では人気絶大で、敷居の高い趣味と思われがちな馬術。だが、学生たちは早朝からの世話に加え、餌代を稼ぐために週末も馬術大会の運営バイトに遠征するなど、日々の活動は優雅さとは無縁だ。昨春20人入った新入部員のうち現在も残るのは11人。そのうちの一人、友次慧さん(19、農学部)は「物珍しさと馬に触れてみたくて入部した。馬とちゃんと対話できるようにならないと」と自覚している。
生き物と向き合うため苦労も多いが、どの部員も、「かわいい」「心が通じ合えた時がうれしい」「一緒に走る疾走感、生命の鼓動などは他で味わえない」と口をそろえる。
主将の清森理央さん(21、農学部)は「長年の指導者、監督、コーチ役のOB・OG、ホースランド安曇野さん、これら皆さんに支えられての活動」と感謝。うま年の今年、部員たちのさらなる飛躍を誓った。

馬と暮らし〟四半世紀―ホースランド安曇野代表・池上健彦さん

地域に馬術文化広めて

「『人馬一体』は本当に難しいこと。馬は神様がつくったもので、人が簡単に理解できるものではないから」。こう熱く語るのは、乗馬施設・ホースランド安曇野(安曇野市豊科南穂高)の池上健彦代表(44、同市三郷温)だ。高校3年の夏から、馬と〝暮らす〟ようになって四半世紀がたつが、「常に馬のことが頭から離れない」。馬術を文化として地域に根付かせることが今の目標だ。
昨年11月28日。池上さんは、同施設の会員、大島琉歌さん(同市)の馬術レッスンと、大島さんの所有馬、プレシャスビアンカの調教をした。
ビアンカは元中央競馬の競走馬で、馬齢21歳の牝馬。1年前に大島さんと一緒に大阪から安曇野に?移住?した。
「大阪にいた頃のビアンカは、本当に『老馬』だった」と大島さん。ところが、安曇野に来たとたん、動きも体つきも全てが「若返った」という。
大島さんは「水など、安曇野の自然もビアンカには合っていたが、それ以上に、池上さんをはじめとしたホースランドの人たちのおかげ」とし、「馬に対する愛がすごい。物ではなく、ちゃんと命として馬と向き合ってくれる」と感謝。この言葉に池上さんの馬との付き合い方が凝縮されている。

明科町(現安曇野市明科)出身の池上さん。松本蟻ケ崎高時代から競馬の大ファンになり、「将来は競馬界に入ろう」と思うように。そのためには「馬に乗れなければ」と、3年生の夏、当時、オープンして2年目のホースランド安曇野で手伝いを始めた。
そこで出会ったのが、池上さんが「師匠」と仰ぐ創業者の中村敏昭さん(70)。冒頭の「馬は神様が─」の言葉を池上さんに伝えた人だ。ドイツをはじめ、欧州の馬術事情に精通している中村さんから「馬術は、馬と人が仲良く、幸せになれる」と、言われ続けているうちに「馬術の奥深さに引かれていった」。
高校卒業後、ホースランド安曇野に就職。中村さんの下で働きながら、馬術の道を研さん。2021年、中村さんに代わり代表に就任した。
現在、同施設では所有馬、預かり馬を合わせ、約50頭を飼育。数年前から白馬村の白馬岩岳マウンテンリゾートで行っている乗馬体験が大人気になるなど、「馬の働き場所」の確保にも力を入れている。
「馬を使う需要が高まれば、処分されずに、寿命を全うできる馬も増える」と池上さん。「馬術の面白さ、魅力をここから発信し、文化として定着させたい」。
「人馬一体」は、馬と人との理想的な共存共栄の道筋が見つかったときに実現することかもしれない。