
今秋 養成所入所試験に再挑戦
競輪選手を目指す松本市岡田下岡田の原眞尋さん(26)は、昨冬までスピードスケート一筋。五輪出場を目標にする選手だったが、自身の実力と将来性を見極め方向転換した。20年近く滑り続けた銀盤に別れを告げ、バンクを疾走しようとペダルを踏み汗を流している。
スケートから競輪に転向する選手は珍しくない。原村出身で現在、最上位のS級S班9人に次ぐ同級1班所属の菊池岳仁さん(25)とは、子どもの頃からしのぎを削った仲。高校卒業後に競輪選手になった一つ年下の菊池さんから、「競輪に来ませんか」と誘われ、大学時代には競輪場で走らせてもらい、「自転車の楽しさを知った」(原さん)。
大学のスケート部で一緒だった同期が昨年、競輪デビューしたのも刺激になり、昨季終了後に松本市を拠点にしているS級2班の中嶋宣成さん(35)に弟子入りし、本格的に練習を始めた。昨年10月には日本競輪選手養成所(静岡県)の入所試験を受けたが、1次(技能)で不合格になった。
◇
原さんは川上村出身。小学2年生でスケートを始め、複数の学年の県記録を更新するなど「小学生の頃は県内の同学年に負けた記憶がない」。中学3年時に全国大会の500㍍と1000㍍で2位になり、佐久長聖高校でも2、3年時に出場したインターハイの短距離2種目すべてで入賞。強豪の山梨学院大に進んだ。
しかし伸び悩んだ。2年時に大学の先輩で2006年トリノ冬季五輪男子500㍍4位の及川佑(44)さんと一緒に練習し、自己記録を更新するなど上向いたかに思えたが、3、4年時は再び低迷。就職を考える時期になっていた。
「スケートを諦め、普通に就職することも考えたが、まだ自分の実力を出し切れていないという思いが強かった」と、佐久市の建設会社の支援を受けて競技を続行。社会人4年目の昨季、自己記録を更新(500㍍35秒59、1000㍍1分11秒34)したが、日本記録からはそれぞれ1秒半、5秒ほど遅く、「トップレベルには及ばない」と見切りをつけた。
◇
「競輪の練習をしながら今冬もスケートの試合に出て、最後にしようと思っていた。甘さがあった」と原さん。今は親の支援を受けながら、秋に予定される養成所の入所試験に再挑戦するため、厳しい練習に取り組んでいる。
「スケートは生活の一部だった」と振り返りながら、「これからは競輪に人生をかけるつもりでやっていく」。新たな道を、不退転の決意で切り開こうとしている。