[創商見聞] No.116 Beauty Salon STARS

継承マイファミリースタイルⅡ

【よしざわ・ますのぶ】41歳。窪田理容美容専門学校(東京都)美容科卒。2024年3月創業。

Beauty Salon STARS

大町市大町2535-2 ☎0261-85-0037

―保育士を目指したけど
 大町市にある吉沢理美容館の、4人きょうだいの末っ子として生まれました。1903(明治36)年創業で、123年続く老舗理美容館です。父が3代目で、兄と2人の姉と私、全員が理美容や美容の資格を持っています。
 兄は店を継承し、次姉は、私と同じように創業し、1年前の本欄「創商見聞」でお世話になっていて、長姉が現在手伝っています。姉の記事にもありましたが、きょうだいの誰も家業継承を打診されたことはなく、やりたいことをやりなさいと言われ続けました。
 だから高校の時の進路相談で「保育士になりたい」と担任に伝えたのですが―。
 「けしからん。君の実家は何だ? 床屋さんだろう。継ぐ、継がないは別にして、まずは床屋さんの勉強をしなさい。資格を取ってやるだけやってから、興味のあることをやりなさい」と言われました。
 実はその面談の時、両親が忙しく、代理として同席してくれたのが、九つ上の長女でした。そのまま姉が通っていた理容学校に手続きが進み、自分の進路が決まりました。

 父も母も「ああ、やるんだ、頑張れ」くらいで、簡単に事が進んで行きました。
―帰郷の決断
 理容学校で資格を取得し、新宿のお店で働きました。妻とは学校で出会い、結婚しました。
 子どもを授かり、出産の準備を進めていた2014年、母の大病が判明しました。余命を告げられていました。
 母だけでなく父のサポートもしたいし、これから子どもが生まれる自分たちの将来を考えると、帰郷かなと思いました。妻に相談したら「お義父さんも大変だし、戻った方が良い。大町の環境は子育てにも良いと思う」と快諾してくれて、帰郷が決まりました。
 母は同年に他界してしまいましたが、吉沢理美容館はにぎやかでした。長兄家族、長姉、次姉、自分たち夫婦がスタッフとなり、毎日過ごしていきました。
―コロナ禍と創業
 数年が過ぎ、徐々に次姉や自分にも顧客が付くようになってきました。しかし、20年にコロナ禍となり、状況が激変しました。
 日々多くの方に利用してもらっていましたが、混んでいる店を敬遠する人が増えました。もちろんパーティションで仕切る工夫もしましたが、「カットとカラーをお願いしたけど、混んでいるからカットだけにして」など、いつもと違うオーダーを多く受けるようになってきました。
 自分たちが成長する上でも、次姉と私がそれぞれ店を持って、創業することが良いかもしれないと考えました。
―老舗とのすみ分け
 どんな店にするか考えながら大町商工会議所に行き、創業相談をし、店舗物件も同時に調べました。現在の店舗は友人の紹介で、契約など順調に進みました。
 姉の店もそうですが、父の店からさほど遠くありません。歩いて5分ほどです。近過ぎると思われるかもしれませんが、創業計画の時、どうすみ分けるか考えました。老舗とは違うサロンにするには、どうしたらいいか―。
 大町で最先端の店にしてみようと思い立ちました。融資の了承を受け、少しこだわって最新機器を導入しました。代表的なものは、鏡のように自分の顔をモニターに映すデジタルミラーです。県内でいち早く取り入れました。
 ネットと連動させ、顔の輪郭からパーソナルデータを登録し、調髪やパーマ、ヘアカラーのシミュレーションができます。
 頭皮カメラで頭の前後・左右・てっぺんの5カ所を撮影し、毛髪の状態を記録したり、髪の洗い方の説明などもできます。
 ミラー上部にユーチューブ動画などを映し、下部は鏡のまま機能させて、子どもを退屈にさせない使い方もできます。クラウドにデータを保存し、カルテとしてユーザーの記録も残せるものでだいぶ重宝しています。
 他にも、棚ユニットとセットになっている可動式シャンプー台、ヘッドスパ、まつげエクステ、まつげパーマの器具も最新版を導入しました。当然ながら美容業務全般、着付け等もできます。
 さまざまな「大町最新」を取り入れたので、姉の店よりひと月遅い開店となりましたが、24年3月に創業しました。
―輝く星を目指して
 オープンし2年がたちました。おかげさまで創業相談時に提出した売り上げ計画書と比べても、大きな差もなく、やってきています。すみ分けもしっかり考えたから、顧客の奪い合いもありません。
 自分としては、地元大町だけでなく、松本市や長野市など、もっと広いエリアの方々に髪を切りに来てほしいと思っています。大町に住みながら、外で髪を切っている人も多いと思うので、ぜひ利用してほしいです。
 「STARS」は妻が命名しました。近くでも遠くから見ても輝いていられるよう、努力したいです。
  (聞き書き・田中信太郎)