今の時代、70歳はアウトではないと思う
―創業のきっかけは。
安久津 55歳の時、勤めていた自動車販売店が閉鎖になり、整理解雇となりました。関連業界からの誘いもありましたが、「やめたからには苦しくても新たな道を進もう」と思い、すべて断りました。ハローワークにも行きましたが、あまりいいと思えるものがなく、「これはもう自分でやるしかない」と決心。当時、高齢化社会や介護が注目され始めていたので、「これだ」と思い、介護タクシーに決めました。
大久保 前職のスポーツ用品店の転勤で松本に来て20年弱、エリアマネジャーやブロック長なども経験し、本当に仕事は楽しくて仕方ありませんでした。ただ登山靴やスポーツシューズなどを扱う中で、外反母趾(ぼし)などに悩む人たちを見てきたことに加え、50歳ぐらいのころ、周りで体の不調を訴える人が出てきたのがきっかけです。定年までの残された時間を考えた時に、「このままでいいのか」という思いが芽生え、「困っている人を助けたい」と、靴のインソールをオーダーメードする専門店を設立しました。会社に残れば定年まで安泰だったので、独立は無謀でしかなかった。52歳の時です。
―創業までの道のりは。
安久津 やることが決まればあとは進むだけだと思って、ヘルパー2級の資格を取り、その後すぐに、合宿で普通車の2種免許も取得しました。ただ資格はそろったが、経験も知識もない。家族や周囲には「むちゃだ」と散々言われましたが、リストラも経験しているので、「意地でもやってやる」という気持ちで、会社の登記や国土交通省への申請も全部自分でやりました。
大久保 前職を辞めてから2カ月弱で創業しました。失業保険を申請したら、「自主都合での退職は、給付まで3カ月かかる」と言われたことも理由の一つです。僕がやりたいと強く言ったので家族も賛成してくれたけれど、子供たちにもお金がかかる時期で、「生活がかかっているからもうなにがなんでもやるしかない」と決断。資金がなかったので、商工会議所で、お金を借りる方法などの相談をしました。家賃補助(※1)や利子補給(※2)も利用し、本当に助かりました。
「失敗」は改善すれば「経験」になる
―シニア世代の創業について。
安久津 良い点は、人に使われなくていいところかな(笑)。年を取れば取るほど、人に使われるのが嫌になってきますからね。私は山登りが好きで、一歩一歩積み重ねていくことが好きですが、前の職種には、そういう性分が合っていなかった。ただ前職時代にさまざまな会社と取引があったことで、良くも悪くもいろんな側面が見られました。良い部分は参考にしつつ、自分のやり方で経営ができるのはいいですね。
大久保 メリットは、仕事でいろいろな経験を積んでから創業できたこと。20代、30代とは経験値が違います。また地元の商店街の人や趣味のスキー仲間など、それまでたくさんの人たちと交流があったので、創業する時に助けてくれました。デメリットは、やはりこれから先のこと。自分でもまだまだいけるという気持ちでストイックに鍛えてはいますが、いくら頑張っても20年後は…(笑)。お客さんがいる限りやめるわけにはいかないので、そうすると後継者が必要になります。前職でつながりのある若い人たちをゆくゆくは口説こうかとも考えていますが、どちらにしても「人を助けたい、健康生活をサポートしたい」という私の思いに共感できる人でなければ、継承はできません。今は県で後継者紹介制度があるようなので、思いが合致すれば他人でもいいかなと思っています。
―創業を考えているシニア世代にメッセージを。
大久保 シニア世代は良い意味では経験豊富ですが、いろんなことを知り尽くしている分、どうしても石橋をたたいてしまう。せっかく創業したいという夢があるのに、やれない理由を自分から探してしまう。ある程度スキルを上げておく必要はありますが、失敗してもいいのです。失敗はそのままにしておけば失敗ですが、改善すれば経験になるのだから。私は、今の場所で一人でも多くの人を笑顔にしたいという気持ちだけで一歩踏み出しました。だから、決して自分は年だからとか、環境が悪いからだとか思わないで、一歩踏み出してください。一歩踏み出せば、必ず引力が生じて周りが助けてくれます。
安久津 55歳でリストラに遭った時、「人生もう終わりだ」と思わず、「これは千載一遇のチャンスだ」と、自分を奮い立たせました。もちろん裏打ちされた技術や特技があれば一番いいのでしょうが、何もない中で、一から新しい業界に飛び込んでいきました。
私なんか、あと少しで70歳に手が届きますが、今の時代、70歳になったらもう自分はアウトなのかといえば、そんなことないと思う。昨年は股関節を痛めて一時歩けないような状態まで落ち込みましたが、「なんとしても復活してやる」という気持ちで復帰しました。だから気持ちって年齢じゃないのです。自分の思い次第です。
大久保さんも今62歳で「まだまだこれからだ」とおっしゃるから、たぶん82歳くらいまでおやりになるんじゃないかと思いますが(笑)。私も今のところ終わりのイメージは持っていないですし、今までもお客さんに助けられてやってきましたので、笑顔と元気を忘れずにまだまだ頑張ってやっていきたいですね。
※1 家賃補助…商工会議所の指導を受けた新規開業者の家賃負担を軽減するための制度。
※2 新規開業支援利子補給事業…新規開業者を対象に、松本市または松本商工会議所から融資あっせんを受けた制度資金などの利子を補助する制度。松本商工会議所の指導を受けるなどの条件を満たした上で、1年目で利子の全額、2年目で3分の2などの補助が受けられる。
【あくつ・おさむ】 あいうえオレンジ代表
仙台市出身 66歳
大学時代に上高地でアルバイトをしたのがきっかけで、松本市に移住。自動車販売会社で約30年勤務した後、整理閉鎖で55歳の時に退社。2007年1月に56歳で介護福祉タクシー会社を創業。1年目はほぼ受注がない中でスタートし、現在は年間約1万3000件の移送を請け負う。
【おおくぼ・つよし】 ボックスオーク代表
三重県鈴鹿市出身 62歳
全国展開のスポーツ用品店に就職し、最後の転勤で松本へ。2007年3月に退社、同年5月に一人一人の足に合ったインソールをオーダーメードする靴の専門店を創業。その他、MBTや加圧トレーニング、ノルディックウオーキングなども取り入れ、顧客の健康面のサポートも行っている。