[創商見聞] No.90 「白骨温泉 湯元齋藤旅館」 (齋藤 聡介)

 「創商見聞 クロスロード」の第90弾は、松本市安曇白骨温泉の湯元齋藤旅館社長齋藤聡介さん。事業承継の経緯から、社長就任の心境、今後の展望など話を聞いた。

お湯と由緒を守る人の魅力

【さいとう・そうすけ】38歳、松本市安曇白骨温泉生まれ。松商学園高校、千葉工業大工学部建築都市環境学科卒。2014年5月湯元齋藤旅館入社、23年7月代表取締役就任。

白骨温泉 湯元齋藤旅館

松本市安曇白骨温泉4195 ☎0263-93-2311

―小学校高学年で皿洗い
 白骨(旧・南安曇郡安曇村)で生まれ育ちました。母は現会長(齋藤志津人さん)の妹で、姉妹館の女将です。父も役員として今も湯元を支えています。 保育園や小学校に通った1990年代前半は、バブル全盛期で「秘湯ブーム」もあり、最盛期でした。温泉場のにぎわいが、深く記憶に残っています。
 小学校4年の頃から皿洗いの手伝いを始めました。また、8歳下の弟の世話もかなりしました。夕食が午後9時過ぎになることは当たり前で、大変な時期もありましたが、ひたむきに働く両親の姿勢に常に敬意がありました。中学生、高校生になっても、週末などは手伝いを続けていました。千葉県の大学に進み、都市交通計画などを学び、また教員免許も取得しました。
 卒業時はリーマンショック後で、就職がとても厳しく、臨時職員として松本市役所に勤めました。正規雇用ではなかったので5年の任期を終えた後、安曇野市の社会福祉協議会に正規採用され、教員免許があったので、児童館で児童厚生員を務めました。未就園児の子育て支援や放課後児童クラブ運営など、日々子どもたちと触れ合い、もみくちゃにされた楽しい思い出があります。
―正規雇用より帰館
 だいぶ悩みました。正規雇用され、社会福祉の仕事を一生していくのかなと思っていましたが…。旅館の次世代への事業承継もこのままで良いわけがないとは思っていました。  
 会長の子どものいとこたちも、一時期仕事をしていたのですが、旅館業とは別の道を選びました。会長も両親も元気でしたが、将来に不安を抱いていたのはよく分かりました。
 当時はまだ結婚していませんでしたが、妻ともかなり相談しました。結婚し、生活のベースが白骨になること、ゆくゆくは旅館に入ってもらうかも―。
 いろいろ想定もしましたが、やはり、湯元に育ててもらった恩返しがしたかったです。妻にも了承してもらい、2014年に入社しました。
―使命感の膨ら
 入社後の印象は、親の手伝いをしていた頃とはかなり違うと思いました。03年に拡張フルリニューアルし、100人を受け入れられる客室体制になっていました。高校から家を離れていたので、詳しくは知りません。
 部署も総務、営業部、調理部など会社として組織化されていました。最初は一通り全部勉強しました。布団敷き、バックヤード業務、玄関番、フロント対応、接客サービス、風呂掃除まで。本当に規模が大きくなって立派になった旅館を誇りに感じました。また、大事な源泉の管理や、山からくむ取水など、「宿を守る」使命感が自分の中で膨らんでいきました。承継を静かに準備したというか、覚悟を固めていった感じです。


―旅館と家を継ぐ
 どこも大変だったと思いますが、コロナ禍の間は「自然休館」が続きました。人混みが避けられるからと都会から来るお客さまもいましたが、かつての1割くらいです。さまざまな補助金などを申請し、雇用もなんとか続けられた感じでした。
 徐々に回復して行く中、21年の師走に会長(当時社長)から齋藤旅館と齋藤家を継いでほしいと話がありました。1年半かけて準備をして、23年の7月に正式に社長を継ぎました。
―企業理念を
 社長に就任しても、特にやることは変わらず、お客さまの前に立つことを大事にしています。正直コロナ禍での引き継ぎなので、売り上げは底辺からのスタート。ここからの巻き返しを日々頑張るだけです。
 でも自分自身、社長としてもっと学ばないといけないと感じていました。そんな時、松本商工会議所から次世代経営塾を進められ、参加しました。
 旅館業とは違うさまざまな業種の経営者たちと出会い、良い刺激になりました。講義で経営や心構えを教えてもらうのではなく、浮き彫りになった問題や課題を共有し、協議や提案をしていくグループトークスタイルが中心。いろいろな視点や意見を聞けてとても勉強になりました。
 学んだ中で一番大事なことは、企業理念の大切さです。家業から組織になったことを見詰め直し、旅館(会社)をまとめていく。新しい人材が加わったときに、「旅館の共通言語」となるような企業理念を創作したいです。
―魅力は人にある
 入社当初の冬だったと思いますが、玄関番の仕事をしていた時、帰路に就くお客さまと話し込み、「ここの本当にいい季節はいつなの」と質問されました。歴史や由縁を少し織り交ぜ、新緑の季節が良いと伝えました。 
 5月に「また来ちゃった」と言って再来されました。今では年3回も訪れてくださり、息子の出産祝いまでもらう関係になりました。現在も交流を大切にしています。
 自分だけでなく他のスタッフたちも、良好な関係を築けているお客さま方がいます。白骨の魅力は温泉であることは間違いありません。旅館のおもてなしは料理や建物、自然環境等さまざまな要素があると思いますが、その中でも一番大切なのは「人」であることを実感しています。
 改めてここ白骨の地とお湯と歴史を守っていくのは人の魅力だと感じているので、社員と家族とともに成長していきたいです。