[創商見聞] No.52 柳田 実樹 (コーヒー豆CLÉCYクレシー)

難しいコーヒーの話よりおしゃべり

―フランス留学
 32歳の時、フランスのパン職人学校に留学、主人と出会いました。でもパン屋の夢は一瞬で消滅。留学先でなんと彼が「小麦アレルギー」だったことが判明したんです。未来に対していきなり難癖をつけられたようなもので、途方に暮れました。
 でも、留学中には良いこともありました。何度か出かけ、楽しかったノルマンディー地方のシードル街道(リンゴを原料とした発泡酒シードルの生産地)で、リンゴに出合ったこと。
 両親が転勤族で、地元愛や都会への憧れもあまりない。帰国してどこに住もうかと考えた時、お米がおいしくて野菜がおいしくて、そしてリンゴがおいしい場所―。
 リンゴにひかれて信州を選び、松本市今井で農園を始めました。振り返れば「農業の厳しさ」にまったくの無知。ただ若さゆえ、勢いだけで飛び込みました。
―台風の無常から
 松本平の冬は寒くてとても厳しかった。でも、周囲の支えもあって農園経営が軌道に乗り始めた2015年と16年、立て続けに台風被害に見舞われました。
16年は2反(約20㌃)あったシナノスイート畑の実がほとんど落ちて、売り物にならなかった。厳しい冬、雪の残る春先と準備して、夏の暑さの中でも手入れを続けてきたのに、一年分の実りが一瞬で吹き飛びました。
前年の15年は16年ほどではなかったものの、2年続きの被害はダメージが大きく、リンゴ農園を補う、別の生計手段を考えざるを得ませんでした。
―創業へ
 コーヒーには、アルバイトを含め飲食業をいくつか経験したこともあって、以前から関心がありました。
 毎日の生活の中、おいしいコーヒーを飲むという、ちょっとした豊かな時間づくりをお手伝いできたらー。技術の習得情報をいろいろ調べ、16年の農閑期に半年間、東京で焙煎の研修を受けました。
―広丘商店街へ
 松本商工会議所に相談に行き、一時は松本市街地での開業を検討したのですが、今井のリンゴ園のことを考えると距離的に近い塩尻市内の方がよさそうでした。
 塩尻商工会議所に相談し、JR塩尻駅に近い大門商店街を探しましたが、条件がなかなか合わない。
 次案としてJR広丘駅前に目を付け、実際に駅前通りを歩いて、シャッターが閉まっていた今の店舗を見つけました。
 塩尻商工会議所のアドバイスもあって地元の飲食店さんや建設業者さんに店舗オーナーさんとの仲立ちをお願いし、借りることができました。同商工会議所の商工業振興対策事業補助金も使って内装を改修。17年7月に「コーヒー豆CLECY」をオープンしました。店の名前はフランスの地名から付けました。
―開業後
 今は自家焙煎コーヒー豆の量り売りを主に、自家農園の果物で作ったジャムやりんごジュースなども販売しています。
 1日の来店がたった2人で、お店を続けられるか、不安が募った日もありました。
 失敗もしました。同じお客さんの要望に2度も応えられず、品切れをしてしまいました。
 当店の焙煎機は小型タイプで一回の焙煎量は限られます。失敗以来、頻繁に焙煎を行い、お客様が多い日曜日の閉店間際でも品切れしないよう工夫しています。
 店には「ブレンド」がありません。シングル豆のみの販売。店の好みで豆を混ぜるより、良い産地の良い豆を適切に焙煎する方が、より良いコーヒーを飲んでいただける―と考えているからです。
 世界8カ国ほどの地域豆を厳選し、その豆を浅煎(い)り、中煎り、深煎りで提供する。常時15種類ほどの豆を販売しています。
 店頭ではあまり難しいコーヒーの話をするよりおしゃべりを楽しむよう心掛けています。
 メンバーズカードは基本的にレジ横に置き、お客さま自身が探して会計時に差し出してもらう仕組み(個人情報の取り扱いに合意の上で。個人持ちも可能)。店を3年続けたことでカードは千枚以上になりました。「この方は変わらないあの豆」「この方は細かくいろいろ買う」など、好みを把握し、新たなコミュニケーションを生み出すツールにしています。
 年に一度、海外へマグカップやカフェオレボウルの買い付けに行っていました。お土産話を楽しんでもらえたお客さまもいらっしゃいましたが、今年のコロナ禍では難しくなり残念です。
 売り上げは、非常にゆっくりですが、右肩上がり。店を3年間継続できたことは、自信になっています。
―ここから
 今はリンゴをシードルの原料としてワイナリーに出荷していますが、主人が醸造したら、店頭で販売したいです。
 シードルの原料リンゴは専用の品種にかなり特化しているので、自家農園では、他にいろいろ珍しい品種を育ててジュースを作っています。
 コロナ禍でイベントなどがなくなり、商品をお披露目する機会が減って販売が振るわなくなってしまいました。
 そこで、コーヒー豆やりんごジュースをインターネットで販売する自社サイトを立ち上げたいと思いました。 
 自分の思いを反映させたサイト開設のため、補助金申請の過程で塩尻商工会議所に相談し、助言を受けながら準備を進めています。開業4年目のチャレンジとして、内容をより充実させていきたいです。

【やなぎだ・みき】 44歳、愛知県名古屋市出身。大阪市立大学法学部卒業。2007年フランスに留学。
2008年松本市今井に移住。2017年に開業。
コーヒー豆CLÉCY ☎88・2290 http://clecy.jp/