乗鞍オンリー利用=連泊の宿へ
―ペルー旅、「俺は…」
大学で雪氷学を学び、気象情報会社に入社しました。やりがいはあったし、大きな問題もなかったのですが、「このまま続けるのはどうかな」という漠然とした思いはありました。
その思いが大きく動いたのが2014年のゴールデンウイークです。直前の4月26日に思い付いて航空券を買い、ペルーのマチュピチュへ。機内4泊、現地2泊の6日間という弾丸ツアーでした。
途中の乗り合いバスで、隣に座った長期旅行中のスペイン人から質問攻めに―。
「日本から来たのにたった2日?」「何しに来たの?もったいない」「人生楽しめてる?」たくさん聞かれました。
「俺は…」。
人生を見詰め直し、独立を考えるきっかけになりました。
―「雷鳥」を継承
大学時代、松本市沢渡地区の宿で住み込みのアルバイトをして、その時から「湯治宿」や「おもてなし温泉」といったことを将来やれたらと考えていました。
「最初はゲストハウスかも」と考え、東京の浅草で物件を探し始めました。しかし、競争が激しそうでうまくいきそうにない。
そんな中で知り合った松本市奈川の向井建設さんから、営業中の物件で事業継承を望んでいる今の宿を紹介されました。
オーナーさんは体調を崩され、営業を続けていくことが困難でした。「本当は宿を畳みたくない。事業継承者を探している。『雷鳥』という名を残したい」と話してくれました。
最初に見学した時、何よりも露天風呂が素晴らしくて一目ぼれ。営業中だったこともあり、建物・設備の状態も良かったです。さらに、とても美しい景観の「乗鞍」という土地にひきつけられたこと、初期投資が大きくならないことなどを考え、事業継承を契約しました。
―バス・トイレの苦労
正式なオープンは2016年4月末です。1月ころからプレオープンして、海外のゲストハウス用予約サイトにちょっと登録したのですが、オープン前から何組か予約が入りました。
「ちゃんと情報発信すればいける」と感じ、初年度の集客は良い数字ではなかったのですが、手応えはありました。
設備面では苦労もありました。「乗鞍の冬」の厳しさが予測できず、設備は凍結し、ボイラーは故障。契約時には問題ないと感じていた建物の経年劣化もありました。
何よりもバス、トイレを更新する必要がありました。
最初はヨーロッパからの利用者が大半で、「温泉だけじゃなくて、シャワーをあびたい」というニーズがとても強く、「他は良いけどバス、トイレを何とかしてほしい」という内容を宿泊サイトのレビュー欄に多く書かれました。
松本商工会議所に相談し、17年5月に国の事業承継補助金の採択を受けて、全室ではありませんが宿泊室にバス、トイレを、共用トイレにはシャワールームを設けました。
利用者から良い感触が得られ、宿泊客数も増加。何より、宿泊料を値上げすることができました。施設投資で利益が増加したことはとても大きなメリットでした。
近隣の有名観光地「上高地」とワンセットで宿泊される人が多い乗鞍ですが、宿の投資が魅力となり「乗鞍オンリー利用=連泊」にもつながりました。
個人的には松本商工会議所主催の「創業スクール」に参加し、人脈もできました。▽経営指標の分析方法▽事業計画の立て方▽競合者を意識すること▽他事例との対比で考える―などを学び、「感覚」ではなく「理論」で経営方針を立てられるようになったことは大きなプラスです。
商工会議所では専門的なSWOT分析(自社の強みと弱み)や3C分析(自社、競合、顧客のリサーチ)などマーケティングの勉強もできて、「宿泊は選ばれることを落とし込む」(利用者に選ばれる宿になる)という重要性を再認識しました。
―コロナ禍で大打撃
「飲まずにはやってられない」くらい、コロナ禍の衝撃は大きいです。
2シーズン目の17年は、冬場から売り上げがすごく伸びていました。海外客向けに提供したスノーシューツアーがバズって(ネット上で話題になって)、台湾、香港、シンガポールからの客に大人気。特に台湾のインフルエンサーに利用してもらった反響が大きかったです。
融資を早く返済する計画や、「次の夢」が膨らんだ時に襲ったのが、昨冬からのコロナ禍です。
昨年2月前半まで、宿は連日満室。しかし、その後は一気にキャンセルラッシュです。3月もキャンセルは続き、4、5月は緊急事態宣言で完全休業。6月に営業再開しても浮上の気配はなく、さらに7月は、雨の記憶しか残らなかったほど天候が最悪。8、9月のGoToキャンペーンでちょっと回復したか―くらいの感じでした。
ゲストハウスで「密」を生じさせないために宿泊定員を30人から半数の15人に絞り、損益分岐ギリギリで12月までやりました。
その後の年明け1月も、再びの緊急事態宣言、今が一番悪いです。
本当に、強いお酒が飲みたいです。
―でも、やれることをやる
昨年夏、小規模事業者持続化補助金(コロナ特別対応型)を受け、仕事とリゾートを両立させるワーケーション向けの宿泊プランを作りました。
ネット環境が整ったワーケーションルームなどを作り、エンジニアやフルリモートの会社員に利用してもらえ、女性の利用も多かったです。
ワーケーション宿泊を通じ、四季を通じて豊かな自然を実感でき、大都市からも半日でアクセスできる乗鞍は、長期滞在に向いていると改めて感じました。
リゾート宿泊とワーケーション宿泊のすみ分けや、繁忙期と閑散期の利用者調整など、「コロナ禍後の宿泊経営」の課題も多いです。
乗鞍エリアのポテンシャルの高さを最大限に引き出せるよう、良いビジョンを描き、前進していきたいです。
【ふじえ・ゆうま】 37歳、千葉県佐倉市出身。新潟大学理学部卒業。気象情報会社に10年勤務後、2016年4月に事業継承開業。
「温泉の宿 ゲストハウス雷鳥」
松本市安曇4306
☎93・2746