[創商見聞] No.64 吉田 邦夫 (そば処 吉邦)

 「創商見聞 クロスロード」第64弾は、松本市丸の内のそば処「吉邦」。松本城や市役所近くで地元に親しまれながら営むオーナー吉田邦夫さんに話を聞いた。

プロは毎日こつこつ

【よしだ・くにお】65歳、松本市出身。松商学園高校普通科卒業後、元庄屋に約15年勤務。2004年創業。

      そば処 吉邦            

Soba shop KIPPOU 松本市丸の内7-40 ☎0263・36・2700

―バブル時代の中で
 1989(平成元)年、飲食店チェーンの元庄屋(松本市)に入社し、当時の南松本店でそば打ちを覚えました。
 南松本店で働いた期間は8年ほど。当時の店は、バブル時代のちょっとしたトレンディースポットで、グループトップクラスの繁盛店。週末のにぎわいは今も忘れられません。すごい売り上げでした。
 そんな会社も、入社15年目、残念なことに経営が滞り、民事再生法申請となり、自分はその時退社しました。
 少しアルバイトもしましたが、疲弊した気持ちを和らげるため、2年近く休みました。助けてもらった妻や周りの先輩たちには、今でも感謝しています。
 40代後半のあの休みは、今となれば宝物のようなゆっくりした時間でした。よく聞く「お金があれば人は寄ってくるし、無ければ来ない」を実感できたことも貴重な経験になりました。
―やっぱりどこかにそば屋
 前職場の先輩方から、松本市裏町にオープンした「はしご横丁(現在名・華のうら町夢屋台はしご横丁)」に出店しないかという話をいただきました。2004年、「自分でやるなら、やっぱりそばかな」という感覚で「やしろ」というそば店をオープンさせました。
 松本商工会議所の助成事業を利用し、支援・融資も受けました。パソコンが使えなかったので、創業計画書作りから損益計算まで、会議所の担当者に丸投げしてしまったことは反省しています。
 当時は仕事が楽しく、エネルギーもあったので朝の3時、4時まで働きました。本当に寝る間を惜しんで働いたため、その時の融資は返済。3年目で現在の場所に移転、新店舗「吉邦」を構えました。
―「昭和の勉強」だった
 20、30代では、店の経営管理手法として「FL管理」を勉強しました。Fはフードコスト(原料・材料費など)、Lはレイバーコスト(人件費)です。
 売り上げからFとL、そして家賃のレントのRなど各経費を引き、残りが営業利益になるのですが、勉強した当時は、売り上げに占めるFLの割合を65%以下に抑える―という方針を教わりました。しかし、今ではまったく通用しません。
 昭和の経営指標で、物価が高騰した平成・令和の経営が成り立つわけがない。そこに気づくのが遅れ、店の経営に苦しんだこともあります。今は完成度の高い売上計画にするため、常に勉強しています。
 「昭和の勉強だったな」と実感したのは、「店の空間づくりの手法」も同様です。
 職人的でこわもてな親方がよかった時代もありましたが、今やお店の空気は、店主よりもスタッフがつくる時代。フロアに立つスタッフが売り場の空気を良くして、結果的にお客さんが「おいしく食べられる店」につながる。
 自分もそうでしたが、売り上げより人間関係で苦労された先輩たちの姿を多く見てきました。本当に商売は難しいです。
―そばについて
 そば名所の松本平ですが、ここ20年ほど、そばのクオリティーが高くなったと感じています。各店主が掲げる信念・理念も高くなってきたのではないでしょうか。以前は老舗数店の「のれん分け」のお店が中心で、味の系統も少なかったと思います。
 現在は、店舗数が増え、価格も高い店から安い店まで幅広く、競争が起き、食べる側の選択肢が広がっています。
 「くろそば」から「しろそば」へのトレンド変動の影響も大きいと思います。
 松本平はどちらかというとソバ殻ごと粉にする「くろそば」文化でした。でも、平成の後半から、実だけを粉にする「しろそば」が全国的なブームになり、松本平もその影響を受けています。
 自分も「くろそば」で勉強しましたが、店を創業した時から「しろそば」で提供しています。
 「しろそば」は、練りの工程に「くろそば」以上の丁寧さが求められ、細く切る技術も必用です。朝から汗をかきながら生地をこね、伸ばすのは大変ですが、のど越しの良いそばをお届けできるよう精進しています。

―プロとアマの違い
 「プロは毎日こつこつと」です。毎日打つことが大事。趣味ではありません。大げさではなく「店が失敗すれば人生は終わる覚悟」を持っています。
 「観光名所の松本城に近く、立地は最高だね」とよく言われますが、お客さまは地元7割、観光客3割です。
 どこで聞いたのか覚えてないのですが、「松本駅に1万人来るのはたまの連休、池袋駅は毎日100万人以上」という言葉がずっと頭にあります。今は、正確な数字も違うと思いますが、松本の商圏は狭く、通年で店を維持するためには、たまに来る観光客ではなく、地元のお客さんを本当に大事に―という意味だと自分では解釈して大切にしています。
 昔は売りたい欲が強く、作り過ぎたこともしばしば。今は、地元の需要に観光客分を合わせ、その日に売り切れそうな分量を打つようにしています。
―コロナ後の方が
 油の高騰など、コロナに加えての心配事も多いのですが、心掛けることは「毎日こつこつ」。利益が出ないときも「毎日こつこつ」の気持ちで取り組んでいます。
 振り返ればバブル崩壊、リーマンショック、コロナ禍と、結構過酷な状況を乗り越えてきたと思います。それでも、お金のことを考えると、コロナ後の方が経営は大変なのではないでしょうか。支援金や融資の件などをしっかり見極めなければなりません。
 年齢を重ね、体力的にも働ける時間の限界は近づいていると思います。毎日こつこつ、70歳までは頑張りたいです。