多様化する中小企業、小規模事業所の経営支援を目的に、松本、大町、塩尻の各商工会議所は「広域連携支援事業」を展開している。「創業・経営支援」を中心に商工会議所と企業の取り組みを紹介する「創商見聞 クロスロード」を月1回掲載。第71弾は、特別編「クロスロード クロスオーバー」と題し、4月23日に松本商工会議所で開かれた「次世代経営者育成塾報告会」を取り上げる。
昨年6~10月、全8回24時間にわたり開かれた「次世代経営者育成塾」。本年度で2回目を迎えた。同塾の参加企業8社が集い、塾最後に発表した各社の「行動宣言」から半年後の経過報告を行った。参加者が学んだこと、取り組んだこと、浮かび上がった課題などを報告した。
塾頭を務める経営アドバイザーの瀬畑一茂さん(ATEHAS)のコメントを加えた。8社中4社は過去の紙面でも紹介し、瀬畑さん自身も2020年8月、紙面に登場している。
「クロスロード クロスオーバー」。交差点に集い、交じり合った様子を紹介する。
参加企業
ITソリューション カタバミ・マネジメント・サービス
大槻 丈志
天恵の美酒 大信州酒造
関澤 結城 田中 勝巳(合同発表)
現場と経営のバランス
A&A構造研究所 新井 さやかさん
自分たちの存在価値と目指す場所はどこか―。経営理念を明文化し、社内での共有化に取り組んでいます。円滑に伝達し、社員と理念を共有する手段は何がよいか考え、まずは自社ホームページの採用欄にある「会社の思い」を更新するところから始めました。
「世の中の課題と向き合う。歴史あるものを活かす。技術革新を目指す。」の3点です。
目指す上で社長としてのメッセージが必要とも感じました。2017年、先代社長が建築雑誌から受けた取材で、会社の理念を技術者としての立場から説明しています。昨年私も同じ雑誌のインタビューを受け、技術者プラス組織経営側のバランスが大切―と答えたので、その趣旨を社内で共有しています。
理念と同じく、素直な心を持って全てに対して学ぶ意識を持つことや、気配り、互いへの信頼、慣れても狎れ合わないことなども大切にしたい。
会社の理念や価値観の表明に対し、考えてくれた社員もいるし、再度表明が必要な社員もいる。機会を見つけ、継続的な投げかけが今後も大切と感じています。
設計事務所としてぶつかる課題は、設計士に必要とされる「技術者と管理者」のバランス。自らの技術を高めながら周囲との調整が必要となるため、気負って、前へ進まないケースもある。
所感としては、常に自分をポジティブに思考を変換しながら遂行していますが、とても難しいです。
瀬畑氏コメント
丁寧に段階を踏みながら、社員にビジョンを伝えようとしていることが伝わってきました。ゴールの時期、時間経過のイメージはしっかり持った方がいいと思います。
これからの新規採用に対しても、社のビジョンを明確に打ち出し、共感してくれる人を丁寧に確保していくことも大事だと思います。
経営課題の抽出と改善
カタバミ・マネジメント・サービス 大槻 丈志さん
「ひらめきよりも確かなプロセス!」と題し、塾後、半年間行動してきました。経営上、思い切ったことも必要かもしれませんが、まずは経営課題の抽出から始めました。分析し、解決への糸口を見いだし、具体的な対策を立案し、ステップを踏みながら実行計画を立てました。
具体的には、情報セキュリティISOの規定運用を見直しました。内容は▽時代に合わせた管理マニュアルの改訂▽多くの社員が参加できる運用体制▽年間スケジュール作成▽社員教育の 実施―など。見直し後、外部審査機関による審査を受けています。規程のダイジェスト版として、ルールブックなども配布しました。
1人が月5件の改善提案を提出するHHK(ヒヤリハットキガカリ)も実施しています。現在、毎月150件、半年で1000件ほどの提案があり、この案を反映させるべく検討を進めております。
この塾で学んだ分析ツールは今回活用できておりませんが、半年の中で一定の効果を得たという感触はあります。
瀬畑氏コメント
HHKなどの改善提案を取り入れる会社は多いのですが、どの会社もあっという間に廃れます。形態を変え再開しても、続いている会社はめったにありません。
なぜか―。社員に提案を求めるのであれば、大きな改善案や採用された案だけではなく、採用されなかった案などについてもきちんとフィードバックを行うことが必要です。大きな改善案だけでなく、小さなこと、マイナス面などもきちんと検討し、現場に反映させることが、制度を社内に根付かせるために必要ではないでしょうか。
経営課題の抽出と改善
NUMOROUS 大塚 泰裕さん
「わたしたちは互いに助け合いの精神を持ち、魅力的な菓子作りと店作りをすることで、お客さまや地域社会の日常にワクワクを与えられる存在を目指します」。この理念の浸透をテーマにやってきました。
ケーキを仕上げながら、おしゃべりで社員同士のコミュニケーションをとる。テレビのグルメ番組からお客さまからのうれしい電話、生産者さんのお話など、話題はいろいろです。
世間話から仕事の話に話題が広がる社員もいれば、逆になじめないスタッフもいて、離職もありました。とても困り瀬畑塾頭に相談したこともありました。
4月、新入社員を迎えるに際して、社員一人一人が経営理念をどう考えるか話し合いました。 いろんな意見が挙がりました。地域貢献への疑問もあったし、「なんで働くのかなんて真面目に考えたくない」なんて声も。経営理念は間違ってはいないけれど、どう実践するかは見直さないといけないとも感じています。
最近は、スタッフのグループラインを使って、動物タイプ診断を取り入れています。スタッフは若い女性が大半なので、受け入れやすく、診断も参考に、社内の役割分担を設定するようにしました。
経営理念を浸透させるため、いろいろ取り組んではいますが、なかなかうまくはいきません。
瀬畑氏コメント
大塚さんのプレゼンで熱量を特に感じたことは、社員思いで仲間と楽しくケーキを作りたいというメッセージ。
楽しく作りたいことと経営理念が合致していますか―。理念は格好よく書けばいいというものではない。自分のやりたいという思いを理念として表現しており、自分一人では成し遂げることができないから社員・仲間に一緒にやってほしいと訴えかけるためのものです。だからこそ、理念は自分の思いを明記しなければ、パワフルさに欠け、社員にも伝わらない。
いろんなリスクを背負って創業したので、何かを成し遂げたい思いはあるはず。経営者は「その何か」を社員に伝えていく必要があります。
動物タイプ診断などは有効な働き方のアプローチだと思います。社員のアイデアを活用することもとても良いことではないでしょうか。
化粧品通して地域貢献
田立屋 大宮 小依さん
塾で学んだ内容で最も心に響いたのは、①利益を上げるには提供する価値への対価を得ること②自社の価値を考え、伝え、創造していくこと③価値が伝われば利益は出る―の3点です。
塾後も塾頭による面談を3回していただきました。現在SWOT分析(経営戦略策定方法)に取り組み、具体的な改善計画を立て、いつまでにやるか検討しています。
女性の職場なので、産休、結婚退職、離職などもあり、人は変わっても、社として全社で共有する経営理念を軸とした、一貫性を持つ取り組みを続けたい。日々実施することの大切さを痛感しています。
化粧品を通して感じる生活文化の向上、女性が輝くことが地域貢献となることを目指し、これからも精進していきたいです。
瀬畑氏コメント
離職の話があがりましたが、決して悪いことばかりではない。短期的にみると苦しいポイントもありますが、中長期でみることが必要です。
女性特有の産休などを、社内の仕組みで解決できるかは小企業にとって大きななテーマの一つ。
今日の発表は自身の言葉として響きました。時間はかかるかもしれませんが、進んでいる方向は明確だと思うので頑張ってほしいです。
組織変更と対話力強化
長野県製薬 木嶋 高志
塾を通して、お客さまとのコミュニケーションの重要性を強く認識し、社内組織を大幅に変えました。現在は2030年までの中長期ビジョンを立て、取り組んでいます。
組織変更の内容は、マーケティング部を新設し、これに伴う部署を再編、各所に「キーマン」を配置しました。例えば、薬剤師の中に柔軟な対応力を持つ人材がいたので、マーケティング部のお客さま相談室の室長を任せました。
相談室は、お客さまとコミュニケーションをとり、正しい価値を提供する最初の窓口であり、大変重要であることを塾で学びました。この学びを当社でも生かしたいと考え提案しました。
組織変更で、社員個人の活動から、チームとしての活動につなげたいと考えています。異なる部門間の関係性を高め、異なる価値感を持つ社員が集って意見を交わすことが機能すれば、とても有効で良いチームができると思っています。
瀬畑氏コメント
組織とは、事業計画を遂行するために編成されるものです。よって事業計画が変われば組織は変わって当然です。フレームを変えるためには大変な労力があったかと思いますが、これこそがリーダーの仕事です。
人間関係を壊したくないからいろいろ言えない、ではなく、人間関をつくり、伝える環境を整え、これからもチャレンジしていってほしいです。
自社ブランドの設立へ
花屋漆器産業 巣山 大輔
社長が卓の製造トップ、専務が纏・額縁製造のトップとして5年ほど事業を進めてきました。しかし、業績が振るわず、今年4月、不良採算部門の見直しなどを行いました。それに伴い、組織も大幅に見直しました。
社員の離職などもあったため、今春、久しぶりに2人の新入社員を迎えました。仕事は卓の製造。採用業務に携わったことがなかったので、私にとってもいい経験になりました。
塾では「自社ブランドを設立し、生き残っていきたい」と、行動宣言したが、実際は通常業務が忙しく、実現は難しいのが現状。業務用の仕事が多く一般向けの商品はまだ3点くらいしかない。
ブランド名も決まってないのだが、Grow(成長) + WOOD(木材) =GROWOODとNEIGHBORHOOD(身近)を組み合わせて、NEIGHBORWOODなどの新ブランドを思考しています。業務用だけでなく一般向けの製品をもっと考案したい。
個人的には昨年インテリアコーディネーターの1次試験に受かったので、今年は2次試験合格に向け頑張りたい。
瀬畑氏コメント
塾では新製品について、塾生みんなが実にいろんなアイデアを出し合い、ブランド提案をしてくれました。とても印象的でした。
それらの提案に対して、何を採用し、どう行っていくのかについてもっと具体的に考え、どういう日程で進めていくのかといったフィードバックを期待していました。
より具体的な目標や計画がないと、成果がないままズルズル先延ばしになってしまいます。
事業化に向けた基準をもっと設ける必要があると感じます。やるべきことは明確に感じるので、どうするか、もう一歩踏み込んでほしいと思います。
課題解決へ八つの歩み
大信州酒造 関澤 結城
塾に参加して2年。課題解決に向け、八つの歩みに取り組みました。
①有料会員制度「自米自醸の会」の創設。コロナ禍で学んだ生涯顧客保持の重要性から、独自のプログラムで年間を通じて「大信州」を味わう機会を創出する。有料会員制度として今年5月から稼働。田植えから酒を搾るまでを見届け、酒造りの喜びを分かちあう取り組みは順調にスタート。
②新人社員研修の実施。プログラムは1年6カ月計画。商工会議所の研修を含め社内外の研修を強化。
③専門職制度の設置。技能の優れた社員が仕事に専念して成果を上げられるように、新しい評価制度を今春から導入。
④海外輸出事業の拡張。コロナ禍で中断していたが、今春、久々に再開。韓国、台湾、ドイツなど、新規の輸出先が増加。
⑤「働き方改革推進支援助成金」を利用して労働環境の改善と年休取得の促進。助成金を活用して最新式のパッケージ類用の印字機を購入。生産性の向上と省人化を実現した。年休を時間単位で取得できるよう就業規則を変更し、労働意欲増進を図った。
⑥酒類業関係に特化した「フロンティア補助金」を利用し、有料テイスティングルームを設置。
⑦「事業再構築補助金」を利用した焼酎蔵の新設を計画。新規事業として単式蒸留焼酎の製造に取り組む。清酒醸造時の副産物、酒粕の有効利用。粕取り焼酎製造の最良手段を確立する。
⑧県畜産試験場と事業提携。酒粕の肥料化、飼料の開発に取り組む。
以上のような活動を通し、中期計画のおおよそ7割を達成しました。成果は組織の外にあることを意識し、今後も内向きにならないように頑張っていきたいです。
これからは、事業承継が大きな課題。新社屋に移転して2期、「松本に大信州あり」と、確かな基盤をつくりたい。
瀬畑氏コメント
当塾で2期目を迎え、後輩塾生をいろいろな形でリードしてくれ、うれしい。
これからの時代、人事評価制度についての抜本的な見直しや再設計はとても重要な経営課題になります。
専門職制度は、人のためでなく、会社にとって有効な役目・機能を評価する仕組み。年功序列でケアしてしまうケースが多いが、これかの時代、人事評価方式の設計は大切で、専門部門の多い御社では独自開発で業界をリードしていて、素晴らしいと思います。
スピードを持って行動を
立石コーポレーション 立石 宗一郎
2年半ほど前に社長を引き継ぎ、時代の変化が激しく起こっている中で会社の方向性を定めていく事や、組織をどう変化させていくかの流れを学んで行く必要性を強く感じていました。 そんな中で、次世代経営者育成塾の事を紹介され学びを進めて行く上での良い経験になると思い塾への参加をしました。
塾後の半年を改めて見直した時、一番の反省点は「自分自身が考えている以上にスピード感をもって課題解決がしていけなかった事」です。社内での組織変化や、新規事業等のステージの変化により歩みが遅くなっていることは自覚しています。
月1回、社内メールで社長メッセージを配信して10カ月。経営理念の話や人財ビジョンとして「自律考動、利他主義、チーム意識」の三つの重要性に加えを伝えきました。現場からの反応や意見があり、やってよかったです。
コロナ関係で延期していた経営理念の社内ワークショップも、4月にリモートで開催できました。「理念に対しどういう共感ができたか、目標はあるか」などをヒアリングする中で、共感点や他意見など、現場のさまざまな考えをワークショップで表現してくれた社員の存在は、ありがたかった。今後、店舗ごとの目標設定に対して従業員一人一人との直接的な対話をもとにして、経営理念を体現できる社員を増やしたい。
売り上げが良い部門、要改善部門などがあるので社員と共に課題解決のスピードを上げないといけない。課題は山積みで、途絶えることはないが、自身の機動力を上げ直し、会社を更に発展させていき、お客様と従業員、そして地域に笑顔を供給できる会社へと成長させていく。
瀬畑氏コメント
日々事業運営に苦労している社長としては、IT、DX、人事システムツールなどの問題を「即解決してくれるマジックボックス」として期待したくなるものです。しかしながら、組織は事業計画を遂行するためのものであり、事業計画は各社で異なる。つまりパッケージツールが自社課題の全てに対応できるものではない。自社の課題をしっかりと把握し、検証することが求められます。