定年後の趣味を持ちたいと思っていた中倉治郎さん(68、塩尻市広丘郷原)は、還暦前に切り絵に出合う。以来、ずっと独学で続けてきた。教材の一つは、新聞に載った他人の作品。参考にしながら思うのは、「やり方は十人十色。心得がなくてもできる」ということ。だから「気楽に始めていいのでは」と勧める。
中倉さんは、会社勤めをしているときから手先の器用さを生かせる趣味を探していた。家庭菜園、アカザのつえ作り…。いろいろ試す中で仏像切り絵の本を手に取った。2011年のこと。「やり始めると案外はまった」
教室に通ったことは一度もない。「のめり込んだら決まった時間に終われないだろう、と。お金もかかる」
技術を習得するための方法の一つが「人のものを見る」。MGプレスなどに載った作品を切り抜いている。「にらめっこして、やり方を解き明かすのが面白い」という。
精巧な技術を想像し、自分で試して失敗することも。「作者も何回も失敗して完成させたんだろうと思って、感動する。感動があるから続けられる」
独自の工夫は道具にも注がれる。専門的なデザインカッターを試したこともあるが、使い勝手の良さから一般的なカッターナイフで切る。「刃先の角度が30度と45度のものがあるなんて切り絵をやるまで知らなかった」というが、今は作品の細かさに応じて使い分けるまでに。刃の厚さに違いがあることも知り、いろいろ試して0・38ミリにした。
オリジナルな技法というのが、「文字」の作品だ。最初は5年ほど前、「信濃の国」を切った。
字だけ切り出したのではバラバラになってしまう。2本の線で文字を挟み込むようなデザインにした。線と字をどうつなぐかが考えどころ、腕の見せどころ。字の形について、書家に相談したこともあるという。
最近では、同市楢川地区を紹介する「木曽楢川かるた」の読み札の字句を切った。かるた40枚余りに対応する文は、一つ完成させるのに1時間以上かかった。こつこつ仕上げた作品は、今春、八十二銀行塩尻西支店で展示された。それまでも金融機関や公共施設で何回か作品を並べてもらった。
「細かく切るほどすごいねと言われる。今までの作品も、見直すと完成していない。草花は色の表現をもっとよくしたい。いろいろ考えて、自分のペースで楽しんでいる」
思惑通り、定年後の時間は充実している。