ギターが生きがい夢追いかける 松本の百瀬一行(ドンキ・百瀬)さん

「夢は、大きなホールで演奏すること」。こう目を輝かせるのは、ギターを生きがいにする松本市島内の百瀬一行さん(81)だ。ギタリストで作曲家の故・木村好夫さんが奏でるメロディーに憧れ、70歳でギターに再挑戦。今は「ドンキ・百瀬」の芸名でステージに立ち、大きな夢を追いかけている。
百瀬さんの演奏方法は一風変わっている。昭和の大スターだった美空ひばりさんや石原裕次郎さんなどの名曲をカバーしたCD作品を多く出した木村さん。
百瀬さんはそのCDをじっくりと聞き込み、木村さんの演奏を引き立てながら、自身が弾くギターの譜面をオリジナルで制作。憧れのギタリストとの「共演」を実現している。音の厚みが増すことで、より臨場感が出ているといい、「昭和の名曲が好きな人や、あの頃を懐かしみたい人に、一度聞いてもらいたい」と自信を見せる。
波田町(現松本市波田)出身。ギターを初めて手にした時の目的は「稼ぐため」だった。東京に憧れ、18歳で上京した百瀬さん。一文無しだった。
そんな時、酒場などで客のリクエストに応えてギターで弾き語りをする「流し」の仕事に出合った。「これだ」と思った。東京で暮らすための手段として、流しの先輩からギターを教えてもらい、必死で習った。これがギターとの出合いだ。仕事は深夜までおよび、「働くことで精いっぱいだった」と当時を振り返る。
約3年間の東京生活に見切りを付け、地元に戻った。そこからは仕事一筋。気が付けば69歳になっていた。退職する際に思った。「これからの人生、自分が楽しんで全力でできることは何か」と。
頭に浮かんだのは「生きるために弾いた」ギターだった。流しの自分が弾いたギターで、お客が喜ぶ姿も思い出した。「もう一度やってみよう」
70歳になってからは毎日、ギターを練習した。1人で弾いていると、「誰かに聞いてもらいたい」「誰かと一緒に演奏したい」という欲求がどんどん湧いてきた。
昨年、自身で「昭和・平成の音楽を愉(たの)しむ会」を立ち上げ、仲間を募った。現在はボーカル、サックス、キーボードなど、音楽を趣味とする仲間が集まり、月2回練習するようになった。多くのリクエスト曲に応えられるように、レパートリーも増えた。
4月に松本市内の飲食店で初めて開いた演奏会では「木村さんとのコラボ曲面白いね」と好評だったという。
傘寿を過ぎ、音楽を通して大きな夢を見続けている百瀬さん。「同世代の人たちと演奏し、楽しさを分かち合えることがうれしい。この輪が広がりみんなが元気になれば」と笑顔を見せた。