奥穂高岳の幽玄神秘な「夕焼け劇場」(北アルプス穂高連峰)

奥穂高岳山頂(左上)から馬ノ背、ロバの耳、ジャンダルムと続く凄絶(せいぜつ)な岸壁を赤銅色に染める「夕焼け劇場」。その後、山肌は薄墨色に変貌した=ニコンD5、ニコンEDAFVRニッコール80―400ミリ、北穂高岳から

亡き小屋番にささげる祈り

夕日を浴び赤銅色に染まる北アルプス奥穂高岳(3190メートル)はまさに「夕焼け劇場」。その光彩がドラマチックに変化する場面に立ち合い、穂高を愛した今は亡き小屋番の姿が脳裏に浮かんだ。
8月19日、北穂高岳(3106メートル)から奥穂高岳を望んだ。午後6時31分、奥穂高岳の岩壁が朱から赤へ刻々と変幻していく。6時35分、赤銅色の幽玄神秘な光彩が極まった瞬間、シャッターを押す指先が動いた。その後突然、赤銅色が失せ、山肌は薄墨色に変貌した。急変した光彩に、記者は思わず「八郎さーん!」と叫んだ。八郎さんとは、穂高岳山荘の元小屋番で長年支配人を務めた故宮田八郎さん(岐阜県飛騨市)のことだ。今年4月、静岡・南伊豆の海でシーカヤックの練習中に遭難し、命を落とした。享年52歳。
山岳救助に貢献した宮田さんは、映画化された人気漫画「岳」で登場人物のモデルとなった。山岳動画の第一人者でもあり、四季折々の穂高の自然を熟知し、山の気持ちが分からなければ表現できない作品をいくつも制作した。
赤銅色に染まる奥穂高岳が、四半世紀前、宮田さんの案内で涸沢岳から取材した時と重なった。
残された家族の思いを察しつつ、写友の八郎さんの冥福を祈る。西の空にひときわ明るく輝きだした一番星の金星がにじんで見えた。
(丸山祥司)