[創商見聞] No.37 景山 範子 和泉澤沙知 (Monique)

アメリカ古着、SNSで顧客増やす

―創業までの経緯は  

 私たちは中学の同級生で、そのころから雑誌を見ながら一緒に服を作って、将来はファッション関係に進みたいと話していました。東京の同じ服飾専門学校に通うようになり、いずれ松本で、もともと好きだった古着の店を開こうと決めたんです。卒業後、別々の古着屋で働き、そこでアメリカでの商品の買い付けの仕方などを学びました。  今、店で扱っているのは、レディース、メンズのアメリカ古着で、主に1960年代から2000年代ころのカジュアルな服。商品は直接アメリカまで、自分たちで買い付けに行っています。

―商工会議所の支援は  

 店をオープンしたのは2006年、23歳のとき。商工会議所に開業の相談に行きました。当時、商工会議所が店を開きたい人を対象に、低家賃でスペースを貸し出す「チャレンジショップ」を行っており、私たちもそれを利用しました。あまり売れませんでしたが、それでやめようとは思わなかったですね。  その後、現在の店舗を自分たちで見つけてきたときも、大家さんを探してもらったり、一緒に下見してもらったり、内装、設備の人も紹介してもらうなどいろいろな面で支援していただきました。また、店を経営していく上での心構えなども親身になって教えていただきました。現在は、新たな顧客確保を目指し、業務用ミシン購入のための補助金申請でお世話になっています。  最近は、お店をオープンする若い子が増えてきましたね。話を聞くと、私たちのときよりもいろいろな補助金があって、起業しやすくなっているなと思います。

―共同経営の良さ、難しさは  

 良さしかないですね。これまでけんかをしたことは一度もありません。2人で考え、工夫してやっていると楽しいし、面倒なことも、尻をたたき合って、やらなきゃという気になりますから。  裏通りなので、「人目につきにくくて、ハンディがあるね」と商工会議所の人にも言われました。開店して何年かは、お客さまがあまり来なくて大変でした。自分たちの給料が出なかったので、アルバイトをしながら店を続けていました。 しかし、最近は古着に対する抵抗感がなくなり、いろいろな人が古着を着るようになってきたと感じます。私たちがそろえているのは、見て「いいな、おしゃれだな」と思える服。そのままでは売れないものもあるので、きれいに直したり、デザインを変えることもあります。買い付けをしながら「この服は、こうリメークすればいいな」と考えています。  買い付けは1年に2回。段ボールに20箱ぐらい買い付けてきます。長期在庫はリメークして、作り変えて、廃棄する物はほとんど出ないようにしています。

  ―インスタグラムなどSNSを使った情報発信にも力を入れている  

 13年に店をリニューアルする、その少し前からホームページを作り、オンラインショップを始めました。インスタグラムは8年ほど前から、まだ誰もやっていないころからやっています。現在、フォロワーは2100人くらいですね。  ただ、オンラインショップの売り上げは全体の1割にも満たないと思います。最近増えたなと感じるのが、インスタにアップした写真を見て、来店してくれたり、携帯を手に店を訪れてくれる観光客らしき人たち。男性、女性、家族連れなどいろいろな方が見えます。購入してもらって、「東京よりも安いし、状態もよかったから」と、また通販で購入してくれるというケースもあります。 ―今後の展開は  リニューアルと同時に店名を「ピンク」から「モニック」に変えましたが、それまで扱っていた商品が、子どもっぽくなってきたかなという思いがありました。自分たちの今の年齢で選んだ商品を提供していけばいいのかなと思っています。また、縫製の技術を生かしたリメーク商品、オリジナル商品にも力を入れていきたいですね。これからも、モットーは「楽しく」です。

【かげやま・のりこ】 36歳、松本市出身。 【いずみさわ・さち】 37歳、松本市出身。  高校卒業後、東京の同じ服飾専門学校に進み、卒業後はそれぞれ別の古着店に勤務。松本に戻って、2006年に店をオープンした。