[創商見聞] No.40村山 琢洋 (ハイエンドデンタルラボ )

―歯科技工士として起業するのは珍しい
学校卒業後、院内技工で経験を積み、いつかは独立することを視野に入れていました。ただし、技工料が30年ほど前に一気に下がっていたこともあり、簡単にはできなかった。
私はずっとクラウン・ブリッジ(かぶせ・差し歯)をやってきました。その中にも保険診療と自費診療があります。自費は高額なのでいいのですが、あまり受注がない。しかし、保険診療では採算が合わない。妥協もしたくない。消去法で残ったのが「CAD/CAM冠(キャドキャムかん)」です。
2014年に保険診療の改正で導入されたことが大きなきっかけでしたね。クオリティーを保ちながら、保険の歯に比べれば単価も高いというのが決め手でした。
―歯科業界のデジタル化
歯のかぶせものは、これまで一つずつ技工士の手作業で作られてきました。CAD/CAM冠は、設計から模型の作製までコンピューターで行うことで、品質が一定になり、作業の効率化が図れます。
ただし、コンピューターが作り出した模型がそのまま合うことはありません。あとは技工士の腕。ミクロンの単位で合わせる技術が必要です。院内技工で随分鍛えられましたから、技術には自信がありました。「精度」「短い納期」「金額」で他と勝負ができると、独立を決めました。
―利用した商工会議所の支援等は
創業に当たっては、加工機やスキャナーなど機械や道具をそろえるための初期費用がかかりました。自己資金は多少ありましたが、足りなかった。独立した友人から商工会議所のことを教えてもらい、相談に行きました。創業については何も分からなかったので、創業計画書を一緒に作ることから始まりました。「とにかくやるしかない」、そんな強い思いでしたね。おかげさまで、商工会議所の紹介で融資が受けられ、必要な機械をそろえることができました。
独立したら、もちろん営業も自分でやらなければなりません。ほぼ飛び込みで、技工物を見てもらいました。一度使っていただくと、ほぼリピーターになってもらえました。現在では、松本市、安曇野市、塩尻市で16の歯科医院から仕事をいただいています。
―歯科技工という仕事のやりがいは
クラウン・ブリッジで一番大切なことは、プラークコントロール(虫歯や歯周病予防のため、原因である細菌を減らす)できる歯であること。そして、機能する歯です。自分でしっかり食べられて、その後も歯周病や虫歯にならず、長く使ってもらえるような歯を作ることです。
技工士は、患者さんの情報は全く分かりません。しかし、歯科医の向こうに、自分の作った歯を待っている人がいる。その人が、その歯で快適な生活を送ることができる。そんな技工物ができれば、それがやりがいかもしれません。
―今後の展開は
すべては患者さんのため―。勤務していた大町市の歯科医から教えてもらったことです。「こんな歯を入れたら、患者さんがかわいそうだよ」と言われた言葉を常に頭に置いています。患者さんのことを考えれば妥協はできません。高い精度の歯を早く仕上げてあげたいと思いますよね。
創業して半年、おかげさまで順調に業績は伸びています。宅配便を使えば、松本を拠点に顧客のエリアを全国に広げていくこともできます。私は、若い人たちに、「歯科技工士は稼げる仕事だ」と思ってもらいたいんです。そのためにも、これからこのラボを、もっともっと大きくしていきたいですね。

【むらやま・たくひろ】 37歳。日本人学校の先生だった父が仕事で滞在していたペルーで生まれる。松本市に帰り、高校まで過ごす。名古屋市の歯科技工士専門学校卒業後、歯科医院に勤務。16年に松本市に戻り、塩尻市と大町市の歯科医院に勤務後、19年4月、松本市北深志の自宅に「ハイエンドデンタルラボ」を創業した。