[創商見聞] No.54 小杉 敬 (ZANE ARTS)

GEARが持つ美観を求めて

GEARが持つ美観を求めて

―新潟では
 16年ほど故郷新潟県でアウトドア総合メーカーに勤め、アウトドアギア(GEAR=道具)の企画開発をしていました。
 「山に入って遊ぶこと」と「独特なフォルムデザインを持つギアの美しさ」に魅了されていました。
―独立のビジョン
 40歳になるころ、「仕事って何?」「人生って何?」と考え始めました。サラリーマンとして利益を上げるだけでなく、自分のスキルを社会に貢献させるためにはどういう形が適しているのか、深く考えました。
ユーザーが喜んでくれるギアを純粋に追求すれば、経営につながるのではないか―。
自分のスキルを使えば、商品開発と利益の両方を追求できる企業を、自分でつくることができるのではないか―。
 新人時代から積み重ねた経験で、売れる商品の品質と価格のバランスや業界の全体像はある程度つかんでいました。可能性を信じ、創業プランを構築しました。
―松本へ
 新潟的視点なのですが、「太平洋側生活圏」で仕事してみたいと考えました。
 新潟市は日本海側有数の都市で、新潟港の物流で商売が大きく左右される「日本海側生活圏」です。   
 晴天率が低い冬場は特に天候がネックになることが多く、降雪や海の荒れで商品の納品や撮影の遅れなどが生じ、よく悩まされました。
 晴天率や山岳との近さでいけば、松本の立地はベストです。
 山登りのため松本は何回も訪れ、ある程度なじみはありました。
 創業に向けて改めて確認すれば、山が近い太平洋側生活圏、コンパクトながら経済と文化のバランスの良さ、街のポテンシャルの高さからして、選ぶなら「松本」しかなかったです。
―創業へ
 知人はいないし、ゆかりもない。松本でどうやれば起業できるか分からず、駆け込み寺感覚で松本商工会議所へ相談に行ったことを覚えています。
 いきなりの「新潟から来ました」はよほど不思議だったらしく、「どうして松本なんですか?」を何度も聞かれ、何度も「松本しかない」と答えました。
 また、「お店は開かないのか?」の質問も多かったです。メーカーとしての創業はとても珍しかったようです。
―創業計画
 創業ビジョンに対し商工会議所から賛同を得て、創業計画書の作成手順や家賃補助申請なども説明していただき、とても助かりました。
 しかし、事務所用の物件探しは苦労し、周辺の諏訪や伊那まで探しました。なんとか高速道路にも近い現在地を見つけ、2018年8月開業しました。
 製造は中国などに発注していますので、事務所は企画と発送が主な業務。1階が倉庫で、1日に4㌧トラックで何回も出荷でき、とても利便性が良いです。
 禅などで用いる「座して半畳、寝て一畳」という言葉があります。本当に必要な物はわずかだ、という意味で使われますが、山登りにも、近い感覚があると自分は考えます。
 過剰に、便利すぎるものを作らない。引き算のようなイメージでモノづくりをしていくのが理想です。
 一般の登山愛好家からトレイルランニング、バックカントリー、山岳カメラマンなどいろいろな目的で山に登る人はいますが、共通しているのは「美しい山を見たい」という思い。その横にあってふさわしい美しい道具(ギア)を作りたい。ギアが持つ美観を求める。
 「禅と美」=「ZANE ARTS」です。
―テント
 多くのアウトドアギアを作ってきましたが、やはりテントに一番自信を持っています。
 テントは三角形だと内部空間にデッドスペースが多いので、本来は四角形の方が良いはずです。
 しかし、自社のテントは「三角形の美しさ」を生かし、実用性と美的感覚がせめぎあう、三角形から四角形に変わるギリギリのフォルムを目指して設計しています。
 結果、多くの商品がスクエアに近いトライアングル型テントになりました。「ここまでだ」の限界値を出せるかどうかを、プロとしてやっています。
 色にもこだわりました。山中での目印というテントの機能を考えれば、色は赤や黄のエマージェンシー色が良いのかもしれません。でも自分たちのアプローチは、機能と美を使い分けながらも両立させる高次元デザイン。砂と石の色に近く、山と調和できる「サンドストーン」をキーカラーとして全テントに取り入れています。
―ここから
 量販店ではなく、専門店を取引先にしているので「機能と美の両立」というブランドイメージは定着できると思っています。
 現在はテントが主力商品ですが、来年から金属ギアを販売し、最終的にはアウトドアの総合メーカーにしたい。
 私は心配性なので、今年度の売上計画は慎重に設定していました。商品の良さが認められたことにコロナ禍でのキャンピングブームも加わり、実績は計画を大幅に上回っています。そのため、人、モノ、おカネなどさまざまなことが追いついていません。
 それでも先手、先手と行動したことから、中国からの仕入れ確保、販売ラインなどの対応ができ、次年(2021年)度の計画も確定できました。
 本来の計画では人員増の予定はなかったのですが、現在の社員5人に加え、もっと多くの「山好き」たちを雇用したい思いがあり、準備を進めています。
 目標は「山好き」たちがたまらなく働きたくなるアウトドアブランド企業になることです。

【こすぎ・けい】 48歳、新潟市生まれ。新潟デザイン専門学校卒業。アウトドア総合メーカーに約16年勤務。2018年松本市に移住、開業。
ZANE ARTS (ゼインアーツ) 
松本市島内7168‐13
☎0263・87・2955